残酷な秀才のテーゼ

 呉智英『大衆食堂の人々』で紹介されていたが、もとは宮崎市定の本にあるエピソードらしい。

むかしある農村の青年が非常に数学が好きで、小学校を終えたあと、農業に従事しながら、十年かかって数学上の大発見をした、と町の中学の教諭に報告してきた。
なんとそれは二次方程式の解き方であった。
中学へ入って習えば一時間で済むことなのだ。
独力でそれを発明する力を、もっと有効に他に使えば、本当に有益な研究ができたかもしれない。

 よくできたエピソードなので、作り話めいている気もします。
 数学がそれほど好きなら、二次方程式の解法など、とっくに発見されていることを知っているはずではないか。また、二次方程式レベルの数学も知らずに、それを独力で発見するような高度なことが、できるものだろうか。なんてことを思いますが、寓話としてはなかなかおもしろく、さまざまな教訓を得ることができます。
 たとえ才能があっても、努力の方向をまちがえると、まったく徒労に終わってしまう、とか。
 やっぱ義務教育は必要だな、とか。
 功名心からではなく、その青年が純粋に数学が好きなのであれば、たとえ意味のない「大発見」であっても、それはそれで、よいのではないか、とか。
 東野圭吾の『容疑者Xの献身』を読んだ後にも、ふと、このエピソードを思い出したりしてね。

大衆食堂の人々 (双葉文庫)

大衆食堂の人々 (双葉文庫)