登美丘よりも同志社香里高校ダンス部がすごい理由

 監督やコーチが、選手や部員を殴ったり叱ったりするのは、ある誤解に基づいている。
 登美丘高校ダンス部はバブリーダンスで話題になったが、しかし報道を見る限り、akaneさんという若い女性コーチの指導方法はあきらかなパワハラであり、感心しない。
 部員がダンスに失敗すると、マイクを通じてどなりつける。するとだいたいは次の時にうまくできる。これによりコーチは「部員を上達させるには、叱るのがよいことなのだ」と思い込む。そして部員が失敗するたびに、どなり続ける。だが、人間のやることには、でき不出来の波があって当然なのだ。
 1回目は失敗した、しかし2回目には成功する。3回目はまた失敗する。4回目も失敗したが、5回目と6回目には成功した。じつはこれは、ボールを標的に当てるゲームと同じことである。ボールを投げ続ければ、一投目の成績がよかった人の大半が、二投目には悪くなり、逆に、一投目にはお粗末だった人の大半が二投目にはよくなることが知られている。統計学で「平均への回帰」という現象である。連続したゲームの結果は、平均へと回帰する。
 すなわち、成功するか失敗するかはランダムな現象であり、それを決めるのは「幸運」(偶然)である。コーチがほめても叱っても結果は同じなのだ。
ダニエル・カーネマン・村井章子訳『ファスト&スロー 上巻』早川書房「第17章 平均への回帰」を参照)
 では、監督やコーチの役割とはなにか。
 部員をほめて教えることである。スキル習得において、失敗を叱るより能力向上をほめる方が効果的だということは、ヒトを含む多くの動物実験で確かめられている。叱ることには何の意味もない。むしろ害悪なだけである。
 そもそも監督やコーチという存在は、必要なのかと問うてみよう。
 同志社香里高校ダンス部には外部コーチがおらず、生徒たちだけでダンスの練習も振り付けも行っている。それで「日本高校ダンス部選手権」で優勝するのだから、たいしたものである。まあ、私は学生のダンスや演劇や合唱といった、評価基準のあいまいな芸術分野のもの、に点数をつけて競わせるのはよくないと考えているが。
 鬼コーチの命令に黙って従うだけの生徒と、自分たちで創意工夫を凝らして自主的に練習する生徒とでは、将来どちらがよいダンサーになるかはあきらかであろう。
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