ジャズもロックもクラシックである

 森本恭生『西洋音楽論』を読む。音楽についての通説を根底から覆す本である。
 フランス革命以前のヨーロッパ音楽は、ほんの一握りの貴族階級のためのものだった。そこでは、演奏方法などについて、楽譜には書かれない夥しい数の暗黙の了解事項(しきたり)があった。それが革命によって、無教養な市民たちも音楽に参加するようになる。その大きな役割を果たしたのが、コンセルヴァトワール(音楽院)である。これによって音楽が、男性と貴族だけのものから、一般市民や女性たちにも渡った。しかし音楽院の本来の目的は、ヨーロッパ音楽の伝統を守ることにあった。楽譜だけではわからない音楽家たちの暗黙の了解事項(しきたり)を、保存するために音楽院は作られた。
 しかし、保存しようとする動きが出てきたときにはすでに、伝統は衰退し始めている。だからフランス革命が始まったばかりの時に死んだモーツァルトの音楽の、本当におもしろい部分はすでに失われていた。モーツァルトが当然のこととして譜面に書き込まなかった中に、どれほど豊かな音楽が鳴っていたか、もう私たちには想像することすらできない。
 それでもヨーロッパ音楽(クラシック音楽)は世界を制覇した。その強さの理由は、五線記譜法にある。さらに、調性、澄んだきれいな音、資本主義、階級性、アフタービート。
 簡単に説明しよう。同じワルツでもミラノとウイーンではリズムにもニュアンスにも違いがある。しかし五線記譜法は、その違いを問題とせず、ともに四分の三拍子で記譜される。これによって各地に存在する民俗音楽が収斂し、一般化され、民族を超えて世界中に広がっていくことができたのだ。
 著者によれば、西洋音楽の本質はアフタービートだという。うそだろ、学校では1拍目を強迫、2拍目を弱拍と教えているではないか。いやしかし、著者の指摘には根拠がある。クラシック音楽はアフタービートでスウィングもするのである。日本の音楽教育はまちがっていたのだ。クラシックは「前ノリ」で、ジャズやロックは「後ノリ」というのもまちがい。本質的にはどれも同じアフタービートである。マイルス・デイヴィスについて、「この人は一体ジャズミュージシャンなのか、クラシック音楽をとことん極めた現代音楽奏者なのかわからなくなってくる」という著者の指摘は納得できる。
 クラシック音楽は強い。というより、世界的なポピュラリティーをもつ音楽は、クラシック音楽しかないのである。ジャズもロックも資本主義的、文化侵略的という点において、クラシック音楽と同じである。無調や12音で演奏するロックバンドはいない。政治的な自由と平等を叫んでいても、音楽的には不自由で差別的である。ジャズもロックも調性音楽であることによって階級的なのだ。資本主義の走狗として世界中を文化侵略していくのだ。
 いやあ、すごい本を読んだ。音楽の教科書を書き換えねばならないほど、画期的な論考である。今後はこの本を読まずして音楽を語るやつを、おれは信用しないね。

 そもそも、ジャズのスウィングはアフリカ系米国人の持つ音楽的特質なのだろうか。ヨーロッパの音楽学者の中には、ジャズとヨーロッパ音楽との大きな違いが、スウィングに、或いはスウィングの有無にあると考えている者もいるようだ。しかし、私は全く違うと思う。むしろ、本来拍節的な規則性を持たなかったアフリカ系米国人達の音楽に、スウィングという規則性を持ち込んだのが、ヨーロッパ音楽だったのだ。ディキシーランドジャズも、一九三〇年代のスウィングジャズといわれるものも、その多くはコケイジョン(白人)の音楽家によって始められている。
 また、ジャズ音楽を指して、アフリカのリズムとヨーロッパ音楽のハーモニーとの融合などと言う人もいるが、賛同できない。アフリカ音楽のリズムは、複合リズムで、少なくとも十八〜十九世紀のヨーロッパ音楽では記譜するのすら困難なくらい複雑である。
 アフリカ系の作り出した、ヨーロッパ音楽には無い独特のハーモニーに、ヨーロッパの単純なスウィングを組み込んだのが、ジャズ音楽ではないかと思っている。(中略)
 それはさておき、アフリカ系のジャズ音楽家が本領を発揮するのは、その後だ。つまり一九五〇年代のモダンジャズとそれに続くフリージャズ。これらの中にある自由さ(ヨーロッパ音楽的な目からは無秩序さと映るかもしれないが)は、決してヨーロッパ由来のものではない。
 そして、これは若干言いにくいことだが、現在のジャズ音楽の世界的な低迷の遠因もそこにあるのではないかと思う。つまり、ヨーロッパ音楽からの離脱である。ヨーロッパ音楽を離れて、自由な即興性を前面に出せば出すほど、ポピュラリティーが失われてゆく。斯かる程に、ヨーロッパ音楽は強い。うんざりするほど。
(P105-106より引用)

西洋音楽論 クラシックに狂気を聴け (光文社新書)

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