あとがきを公開します③

 電子書籍シリーズ第3弾『毒ガス攻撃とバックドロップ――小山田圭吾で文藝春秋は二度死ぬ』で書いた「あとがき」を公開します。
 本文に興味を持たれた方は、是非一読してみてください。

■あとがき

 2017年に、都庁の都民広場で、「東京2020オリンピック・パラリンピック フラッグツアーフェスティバル ~みんなのTokyo 2020 3 Years to Go!~」という記念イベントが開催された。

 小山田圭吾はこのイベントで、音楽監督を務めていた。

 そして、イベントで上映されるプロジェクションマッピングを制作したのが児玉裕一である。
 すなわち、2021年の東京オリンピック開会式の制作チームに抜擢された二人は、すでに2017年に一緒に組んで仕事をしていたのである。それも東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会、日本オリンピック委員会が主催するイベントでの仕事を。

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 おそらくこの時に炎上しなかったので、本番でも大丈夫だと思って小山田圭吾は東京オリンピック開会式の音楽担当を引き受けたのだ。

 なぜ、2017年の時は炎上しなかったのだろうか。

 たぶん私がブログに書かなかったからだ。
 うっかり書き忘れていた。
 そして世間も、うっかりしていた。

 そのせいで小山田圭吾は東京オリンピック本番で、大炎上した。
 しかしながら、小山田には炎上するだけの理由があった。いつ炎上してもおかしくなかった。むしろ2021年までよく無頓着でいられたものだ。

 息をするように嘘をつく人がいる。

 嘘に嘘を重ねているうちに、当人は、何が真実で、何が嘘かわからなくなったのかもしれない。
「朝日新聞で信じていいのは日付だけ」と言われたことがあるが、中原一歩の本で信じていいのはページ数だけである。
 間違いは誰にでもある。だが、中原一歩が悪質なのは、間違いを指摘してやってもそれを改めないことだ。
「過ちて改めざる是を過ちという」(論語)。
 嘘だとわかったうえで、それを書くのはプロパガンダである。

 中原一歩の『奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」』(朝日新書、2011年)は、東日本大震災で被災地となった石巻で、ボランティア活動を行うピースボートの姿を英雄的に描いている。この時に中原一歩は、自身が元ピースボートの専従スタッフだったという経歴を隠してこれを書いた。
 したがって、元ピースボートの専従スタッフが読者にそれを明示せずにピースボートの礼賛本を書いたということで、いわばステルスマーケティングであり、公正中立を欠いており、極めて問題のある本である。実際に、ピースボート災害支援センターのホームページでPRに使われている。

 問題はそれだけではなく、中原一歩が同書で「奇跡の災害ボランティア」と絶賛したNPO法人の会長は、その後、石巻市から復興事業の補助金5千7百万円余りをだまし取っていたことが発覚し、仙台高裁で懲役4年の罪が確定している。
 このような犯罪者を英雄として持ち上げた中原一歩にも道義的責任があるはずだが、中原一歩は何の弁明もせず、事件に言及することもなく、この本は訂正もされないままいまだに販売されている。

 これが中原一歩のデビュー作である。最初の本でこんなことをやっておきながら、それから何冊も本を出し、いまだにあちこちのメディアで執筆している。
 いったいどうなっているのか。メディアの責任を言うなら、そのことの方がよほどおかしい。

 中原一歩は私のことを匿名で文責もないと愚弄した。だが、私のように匿名で真実を書く者もいれば、中原一歩のように顔を出して嘘偽りを書く者もいる。
 大事なのは、真実であるかどうかだ。
 トップ屋と蔑まれた竹中労は、『ルポライター事始』(晩聲社)で、次のとおり書いている。

「ならばいっそ、血統書つきの雑種に徹して、憎まれ蔑まれようと私は肚をすえた。差別の不当を百万べん言い立てるより、差別に対する一回の報復の方がはるかに有効であるという、ごく当然の認識だった。殴られたら倍の力で殴りかえせ、さらなる差別をむしろ呼び込んで報復のバネとせよ。ストリップ探訪の韜晦から再び〝革命〟の情熱を、私はバクロ記事製造のトップ屋稼業で回復することができた。浅草という伝統的な芸能者の世界で、奈落の人情に触れてきた私は、いわゆる弱いものいじめのスキャンダルは一切書かなかった。ホコ先は映画会社・テレビ局・芸能プロダクションにむけられた。
 私にとっての自由な言論は、国電の網棚の上に読みすてられるストリート・ジャーナリズム=ゴシップ週刊誌の中にあった、それは、無署名であることが原則だった。前に述べたように、私は出世間の志向を持たなかった。竹中労の名前で原稿を書くようになったのは、別の動機からなのだ。いささか悪名を売ったこんにち、匿名に徹し切れなかったおのれを悔いている。」

 何度読み返しても小気味よい啖呵である。
 私は物書きのココロザシを竹中労から学んだ。その私にとって、中原一歩のような「寄らば文春・大樹のかげ」、特定の政党や政治団体からカネをもらって広報をするような輩は、物書きの風上にも置けない。

 はたして、中原一歩は『小山田圭吾 炎上の「嘘」 東京五輪騒動の知られざる真相』を訂正するだろうか。
 読者はどうか注視してほしい。
 それとも、『奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」』と同じように、訂正もせず売り続けるのか。
 メディアの責任を主張するのであれば、まず中原一歩自身が、自身の著作における誤りを正し、読者に対して正確な情報を提供すべきだ。誤った情報が訂正されないまま本が販売され続けることは、メディアの信頼を損なう大きな要因である。真実を伝えることこそが、著者として最も重要な使命である。

 中原一歩の本を読み、頭に血が上ったまま鬼のように原稿を書きなぐってきたが、じつは、本書を書くために用意した膨大な資料の十分の一も消化できなかった。
 したがって、まだ続く。
 私の目が黒いうちは、悪い奴らを眠らせない。

 ひょんなことから、わずか半年で3冊目になる電子書籍を出版することになった。

 何を書くかわからない私に、一切の制限もなく、好き放題に書かせてくれる「危ないイチゴ」という酔狂な出版社には感謝している。