愛国教育とサッカー

『激アツ!! ヤンキーサッカー部』というドラマは、サッカー元日本代表の“野人”こと岡野雅行の高校時代の実話に基づいている。ヤンキーだらけの荒れた高校に入学した岡野氏が、サッカー部を作り強豪チームへと導いていく。そこは島根の松江日本大学高(現・立正大淞南高)であり、今も高校サッカーの強豪校として知られている。
 そしてこの高校の名前は、安田浩一の『「右翼」の戦後史』にも登場する。
 この高校の創立者は、「松江騒擾事件」のリーダーだった岡崎功氏である。
 1945年8月24日未明、降伏反対・徹底抗戦を主張する国家主義者らがダイナマイトや日本刀で武装蜂起し、島根県庁を焼き討ちする。さらに県知事の暗殺や放送局の占拠を計画していたがこれは果たせず、逮捕される。首謀者の岡崎氏は無期懲役となるが、日本国憲法発布などの恩赦により大幅な減刑がなされ、1952年に出所する。
 その後、岡崎氏は淞南高校を設立し、教育者となる。

 建学の精神として掲げたのは教育勅語だ。街頭で勇ましく吠えるよりも、子どもたちに「愛国」を叩き込むことこそが重要であると考えたのであった。
(『「右翼」の戦後史』53頁)

 淞南高校の敷地内には、自衛隊に乱入して自決した三島由紀夫を顕彰する石碑がある。生徒達みずからが三島事件に感動して、募金を集め、顕彰碑を建てたのだという。

 同校の特徴は、徹底した愛国教育にあった。毎朝の朝礼は宮城遥拝に始まり、君が代斉唱、教育勅語朗誦、国旗掲揚と続いた。教室にも教育勅語が掲げられ、全校生徒が岡崎の先導で祝詞をあげる儀式も月に2回、設けられていたという。日本史の教科書「国史」も、岡崎が執筆したものを使っていた。(同書55頁)

 岡野雅行氏が入学したのは、こういう高校であった。しかし、2001年に岡崎功氏が学校経営から退いたことにより、「愛国教育」から脱する。

 関係者によれば、後継者となった岡崎の親族は「右翼的な教育だと少子化時代に生徒が集まらない」として、岡崎カラーの排除に努めたという。
「いまでは教育勅語を生徒に朗誦させるようなことはしていません。生活指導には力を入れていますが、かつてのような愛国教育と呼ばれるようなカリキュラムもありません」
 当然、三島を「顕彰」する行事もないし、宮城遥拝もおこなわない。同校のホームページから伝わってくるのは、サッカーと野球に力を入れた学校、というイメージくらいのものである。つまり「普通の高校」になったということだ。(56頁)

 ヤンキーを更正させたのは、愛国教育ではなくサッカーだったのか。それとも、宗教系で全寮制の高校がスポーツ強豪校であるように、日本のスポーツはそうしたものと親和性があるのか。
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