革命なんか認めないですわよ

 池田理代子のマンガ『天の涯まで・ポーランド秘史』。
「秘史」となっているが、英雄ユーゼフ・ポニャトフスキを主人公に、ポーランド分割の悲劇を歴史に忠実に描いている。とにかく、わかりやすくて、おもしろい。ポーランドのややこしい歴史が、こんなにわかりやすく書かれている本は、他にない。
 舞台は18世紀後半、ということは、『ベルサイユのばら』と同時代。合理主義、啓蒙精神、平等思想、共和制、そういった新しい思潮が旧体制(アンシャン・レジーム)を打ち破り、やがて革命へと突き進んでいく、そういう時代。しかし自由・平等・同胞愛という近代市民主義の原理は、その当初からさまざまな問題をはらんでいた。
 ポーランドは、1572年に国王の男系の血筋が途絶える。それ以降、ポーランド国王は、世襲ではなく、貴族による選挙によって選ばれることになる。貴族共和国という、ヨーロッパの他国と比べても民主的な国であった。しかしそれゆえに、他国からの干渉を招くことになる。
 プロイセンオーストリア、フランス、ロシア。周辺の強国は、ポーランドを政治的野心の的とし、領土を奪い合い、ついにはポーランド国家が消滅するという事態に至る。そこには侵略する強国と、侵略される弱国という単なる力関係だけでは割り切れない問題がある。
 王制や身分制度が廃止され、平等な世の中になるというのは、それまで差別されてきた下層民にとっては望ましい。しかし貴族の側にとっては、平民と同じ身分になるなど許しがたいことである。
 第一次分割で多くの領土を他国に奪われたあと、ポーランドでは国家再興と立憲君主制を求める改革が起こる。しかし貴族たちはその改革によって、自分たちの既得権益が失われるのを恐れ、あろうことか敵国ロシアと結託し、その改革をつぶそうと画策する。平民どもの改革を、ロシアの支援によってつぶそうと図るのだが、ワルシャワに入ったロシア軍はそのまま首都を占領する。貴族らの売国行為は、やがて自らの立場をも悪くし、ポーランド滅亡を招くことになる。
 その侵略する側のロシアに君臨していたのが、われらが女帝エカテリーナである。池田理代子には『女帝エカテリーナ』というこれまたおもしろいマンガがあって、これはぜひ合わせて読んでいただきたい。これはもう強い女の一代記でありまして、同じ成り上がり者でも、銀座のナンバーワンホステスを目指すなどというマンガとはスケールがちがう。どうせ読むなら、こういうのを読んでほしい。
 フランス革命後を描いた『栄光のナポレオン-エロイカ』もいい。ボナパルティズムなんていう政治思想用語についても、わかるようになる。
 で、フランスで革命が起こり、民衆によってバスティーユ牢獄が襲撃されたとの報を聞いたエカテリーナの反応。知性と教養にあふれ、啓蒙思想の崇拝者であったエカテリーナにして、いやそれゆえに、こう述べるのだ。

何ですって……!?
何ですって……!?
平民たちが国王を否定し
自分たちで政治をやろうですって……!?
いったいどうして靴屋が政治に口出しできるというの!?
靴屋にできることは靴を作ることだけでしょう!!
パン屋の女に経済問題がわかるとでもいうの!?
ヤワラちゃんに政治ができるの!?*1
革命ですって!?
そんなものを私はぜったいに認めない!!
絶対に許さない!!
許さない……!!
池田理代子女帝エカテリーナ』第3巻・中公文庫コミック版より)


 これは余談であるが、『天の涯まで』には、マリアという女性が出てくる。没落した貧乏貴族の娘で、家の借金を肩代わりしてくれたジジイのもとに嫁がされる。マンガの設定では、マリアはユーゼフに恋心を抱いており、しかし家の事情のために、そのせつない初恋をあきらめて、ジジイの嫁になる決心をする。
 ベッドで一人さめざめと泣くマリアの姿に、俺もまた、もらい泣きしそうになった。なんという過酷な運命であろうか。かわいそうなマリア。しかし、マリアの運命はそれで終わらず、やがてワルシャワを訪れたナポレオンに一目ぼれされ、ナポレオンの「ポーランド妻」になるのであった。
 まるで絵に描いたようなお話だが、マンガだから本当に絵に描いてある。(C呉智英
 しかしまあ、おれはこの手の話に弱くて、『ベルばら』でも、ロザリーが好きで、貧しい下町の娘がじつは貴族の娘で運命に翻弄されながらも、けなげに生きて、やがてはステキな男性に出会って、みたいな展開になぜか心揺さぶられるものがある。池田理代子のマンガもたんなる歴史の絵解きに終わらず、そういうところがおもしろいと思っていたのだが、どうやらロザリーの元ネタは水野英子『白いトロイカ』らしい。

*1:当然ながら、この一文は原文にはない。ウケをねらって俺が書き加えた。