民族の祭典とか

北京オリンピックの開会式をテレビで見たけど、いやまあ、すごかった。
支那の本気を見た気がした。

あのバカバカしくも壮大な「民族の祭典」をやっているのが、ナチスではなく、共産党だというのも面白い。まあ、ナチスの正式名称も「国家社会主義ドイツ労働者党」なわけではあるが。

あの花火一発を打ち上げる金で、どれだけの貧しい人民が救えるか、
というのが共産主義的な考えだと思うが、それが政権を握ったとたんに、独裁、拝金、愛国心、軍事大国、民族主義、など別のものに変わってしまうというのも、おもしろい。

小林多喜二が今も生きて、旧ソ連北朝鮮支那をみたら、それでも共産主義を信奉したか。
現在の支那プロレタリアートは、さて、どういう社会を理想とすればいいのか。

あの独裁国家が崩壊した暁には、演出を担当したチャン・イーモウは、
ベルリン五輪の記録映画『民族の祭典』を撮ったレニ・リーフェンシュタールと同じく、
その罪を問われることになろう。