長渕の演技指導

 先週のゲストが矢沢永吉で、今週のゲストが長渕剛という『SMAP×SMAP』だけど、いったい誰が得するんだ、と思いながらも思わず見てしまったわけですが。もうね、長渕の演技指導ですよ。
長渕「一緒にドラマやろう」
キムタク「長渕さん、監督やってくださいよ」
 いいのか、そんなこと言って。知らねえぞ…。とおもいつつ、まあいくら長渕とはいえ、スマップ相手に無茶はしないだろうと思った矢先、あの演技指導が始まったわけですよ。
 なんかヤクザがいきなり中居君の耳を削ぎ落とすというシーンを、長渕が「ここは、こうやるんだよ」なんて説明しながら延々と演じておりまして、いったい誰が得するんだ、と思いながらも見てしまったわけです。
 なんて書いても誰もわからないと思うので、説明するけど、長渕が主演した『ウォータームーン』という伝説の映画があるわけ。なにが伝説かというとこの映画の撮影現場。
 長渕がひたすら暴走して、監督、主演女優、共演者、スタッフらが悲鳴をあげたという、その顛末は、『映画秘宝底抜け超大作』(洋泉社)に速水右近氏が書いております。*1そこから適宜引用します。

 この映画は監督に工藤栄一の名が記されているが、すでによくいわれているように、本来は原案・脚本・監督:長渕剛とクレジットされるべきものだ。
 ロケ部分の撮影シーンは一応、工藤監督のメガホンによるものだが、そのほとんどに長渕は口を出した。やがて、撮影も大詰めのセット撮影に監督の姿はなく、長渕の日々変化、追加される思いつきのもと、無表情のスタッフが撮影をこなしていった。
 最終的な編集も長渕が、物語の流れなど考えず行ったため、苦労に苦労して撮った多くのシーンがカットされ、ヒロインであるハズの松坂慶子のシーンはほとんどなくなっていた。結果、現場に参加したスタッフが見てもわけのわからない映画ができ上がった。
(同書200ページ)

 しかし前作の『オルゴール』がヒットしたこともあって、最初は映画会社もスタッフも長渕に期待をかけていた。たとえば役作りとして、坊主刈りにまでしてきた長渕の心意気に感動した撮影監督が、「俺たちも全員坊主になろう!」と言い出し、ほとんどのスタッフが坊主刈りになったという。

 現場は坊主軍団が走り回る異様な雰囲気に包まれた。そんな熱血トラブルも、その時まだスタッフの誰もがいいものを作ろうと思っていた証拠だった。
 だが、二日目のたき火のシ−ンあたりから、現場には妙な雰囲気が漂いはじめた。長渕は良くいえば自主的に、悪くいえば勝手にリハーサルを始め、本番でも監督がOKを出しているのに、極寒の中、納得いかず何度も何度も同じシーンを繰り返し夜中まで撮影を続けた。相手役の松坂も何がダメなのか理解できず困惑していた。
 三日目からは、九州でのロケが始まった。もっとも深刻だったのは、長渕と松坂の確執だった。撮影が終わってホテルに帰ったあとも続く、良くいえばあまりに熱心な、悪くいえば不必要にしつこい長渕の、「打ち合わせ」&「演技指導」攻撃に松坂は拒絶反応を示し、「ヒロインはぜひ彼女に」と熱心なラブコールでキャスティングした長渕も、松坂が自分のやり方になびかないことを悟ると一転、冷戦が始まった。その後、現場で二人が撮影以外で会話をしていたのを見たスタッフはない。松坂は途中降板を申し出たらしいが、重役たちに拝み倒され、しぶしぶ出演を続けたようだった。
(201-202ページ)

 こうして長渕とスタッフの間に亀裂が広がっていく。
 孤立していく長渕は、「よくスタッフに直筆の手紙を書いては、自分の思いを伝えようとしたけれど、その意味不明な文章を理解する者は誰一人としていなかった」という。

 長渕は自分だけの宿舎に帰ると一人で翌日の構想を練り、翌朝その日の支離滅裂な撮影プラン、台詞の変更案をスタッフに配った。スタッフはどう動いていいのかわからなくなった。
(中略)
 全国縦断ロケは約一ヶ月続いた。だが、そこで苦労して撮影したシーンが完成した映画の中であまりに少ないのに現場スタッフ全員が試写室の椅子からずっこけた。
 とくに、クライマックスの豪雨の山の頂上で長淵が行をするシーン。ロケは標高1895メートルもある奈良の弥山で行われた。
(中略)
 交通機関どころか、水道さえもない山の上で雨を降らせて撮影をしようというのだ。
 機材、人材はヘリ十二往復で移動し、ポンプで現場のそばにある給水タンクまで一日かけて水をくみ上げた。一行は風呂にも入れず、コップいっぱいの水で歯磨きをせざるをえないその場で二晩を過ごし、豪雨と御来光のシーンを撮影した。
 が、完成本編でそのシーンは全部合わせても一分ちょっとしか使われていない。
 しかも、そのシーンの大部分を占める雨とカミナリに打たれながら叫ぶ長渕のアップは、あとでセットで撮られたものだ。
そんな贅沢な撮影のため、制作費は底をつきはじめ、その現場から多くのスタッフが電車で帰った。いいシーンを撮るために苦労を重ねるのがプロ。だから、文句なんか言わなかった。でも、「あんな苦労してコレ?」とスタッフの誰もが胸の内であきれ返ったのはいうまでもない。
(202ページ)

 とまあ、スマスマでの長渕の演技指導を見ながら、おれの脳裏にはこうした光景が浮かんでいたわけであります。ちなみに長渕はこの映画に自ら金も出していたそうだ。そりゃ口も手も出したくなるわな。深作の息子と映画をやる話はどうなったんだろ。


ウォータームーン [DVD]

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*1:速水右近「『ウォータームーン』本邦初公開!監督降板・長渕暴走事件の真相」より