NHKで半島人

 Eテレシアターで、こまつ座の『きらめく星座』を見ていたら、「半島人」というセリフが出てきた。原作者の井上ひさしがこんな言葉を使うはずがない。調べてみるとやはり「朝鮮人」を、「半島人」と言い換えていた。

正一 人夫として九州の炭鉱の飯場にまぎれ込んでゐた。いろいろ勉強したよ。
竹田 どんな勉強です。
正一 われら日本人とはいつたいどういふ民族かといふ勉強かな。おれたちの飯場には五十人からの朝鮮人がゐた。話を聞くと、そのうちの十人が畑仕事の最中に連れてこられたさうだ。町へ出たところを待ち伏せられた人もゐる。これは奴隷狩よりひどいんぢやないか。おまけに彼等に賃金が渡されたためしがない。
竹田 なぜ?
正一 金を持たせると逃げるから、と会社側は云つてゐる。さうしてまた会社側の曰く、賃金は会社から朝鮮半島の家族に直送してやるから安心せよ、と。ところが賃金はどうも家族の許に届いてゐないらしい。だれかがネコババしてゐるわけだ。
井上ひさし『きらめく星座』集英社・P51)

 この部分、「朝鮮半島」というセリフはそのままで、「朝鮮人」だけを言い換えていた。
 しかしながら芝居の設定は昭和十六年なので、今では差別的とされる言葉がほかにも出てくる。人夫、飯場、奴隷狩。さらには、「コーヒーなどといふ毛唐の飲物をうれしがつて」というセリフがある(P76)。毛唐だぜ、毛唐はいいのか?

竹田 しかしお茶は日本古来の飲物でせうか。もとをただせばチャイナからの到来品でしよ。

 このセリフなどは、支那という言葉を使わないよう気を使ってのことだろうが、劇中歌の『チャイナ・タンゴ』では、「支那の街」という歌詞をそのまま歌っていた。
 この演出家は、「朝鮮人」に配慮して、これを「半島人」と言い換えたのだろうが、ネトウヨ用語として使われているのを知らずに、もっと差別的になってしまった例である。

 さて、これは余談であるが、博識な井上ひさしにもけっこう間違いがある。たとえば次のセリフ。

源次郎  高峰秀子ぢやだめか。高峰秀子の『煙草屋の娘』はいいぞ。(歌ふ)向ふ横丁のタバコやの、

「向ふ横丁のタバコやの」の歌詞で始まるのは岸井明の『煙草屋の娘』であり、高峰秀子の『煙草屋の娘』は題名が同じの別の歌である。それで、上演の際には「高峰秀子」のところが「岸井明」に変えられている。