「芝浜」異論

 親戚の葬儀に参列するための航空券代6万円が入った財布をなくして困っていた高校生のところに、見ず知らずの裕福な医師が現われて、お金を貸してくれたというニュースを見たが、なんだか浮世離れした話である。
 他人のために6万円をポンと出せる経済力もすごいし、その時点でお互いに氏名も連絡先も伝えなかったというのも理解しがたい。そもそも高校生は、どうして財布をなくしたのか。
 落としたのか、すられたのか、いずれにせよ大金の入った財布をネコババした犯人がいるのだ。私は、この犯人のことが気になってしょうがない。犯人はどこかで、このニュースを見ているのである。
「美談」となっているのを知って、ほくそ笑んでいるのやも知れぬ。なんとも薄気味が悪い。
 私が落語の「芝浜」を嫌いなのも、そこに理由がある。
 魚屋の主人が、大金の入った財布を拾う。ということは、財布を落とした人がどこかにいるのだ。この落とし主のことが気になってしょうがない。
 その財布は魚屋の女房の機転によって、拾得物として役所に届けられるが、落とし主は現われない。こういうところに作り話のご都合主義を感じて嫌だが、しかしそれにだって何か事情があるはずである。
 その財布の持ち主は、貧しく気の弱い奉公人だったやも知れぬ。鼈甲問屋の主人からさる屋敷へお使いを頼まれて、そこで集金した50両もの大金をあずかっていたやも知れぬ。しかし、帰り道で財布をなくしてしまった。主人には死んでお詫びをしようと、吾妻橋から身を投げたのやも知れぬ。
 あるいは、ばくち好きで借金まみれの左官の父親を助けるために、孝行娘が身売りをして工面した、なけなしの50両だったやも知れぬ。
「芝浜」にも「文七元結」にも、悪人は出てこないが、こういうところが作り話で嫌である。
 世の中とは、なんとも薄気味が悪いものである。

*追記 高校生がなくした財布は、駅に落し物として届けられていたとのこと。(5/24)

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椎名林檎が投げたのはタンポンかナプキンか

 椎名林檎はかつてライブで、観客に生理用品を投げていた。しかしこれがタンポンであったかナプキンであったか、使用済みであったかなかったか、というのがいまだ歴史学者の間で議論となっている。
 これは、最初の単独コンサート「実演ツアー 先攻エクスタシー」でのことで、落合真司『椎名林檎の求め方』(青弓社)では、次のように記録されている。

(1999年)四月九日の渋谷CLUB QUATTROでは、生理が終わったからと言って、タンポンにサインをして観客に放り投げるパフォーマンスまであった。(46頁)

 一九九九年六月二十日、林檎はタワーレコード渋谷店のステージに立った。二月二十日に同店で予定されていたライヴの延期公演である。(中略)
 林檎は、生理用ナプキンをばらまきながら度肝を抜く登場の仕方である。
 いきなり「ういーす」という挨拶から始まり、ハイライトを送ってもらえるようになったので、今度は資生堂からナプキンをプレゼントしてもらいたいとうれしそうに話す。(53-54頁)

 落合真司によれば、椎名林檎渋谷CLUB QUATTROでタンポンを投げ、タワーレコード渋谷店ではナプキンを投げた。
 今回、われわれ調査隊は、このときの貴重なライブ映像をyoutubeで発見した。ドキュメンタリー『誘発オルガズム』(1999年5月24日放送)。そこで、タンポンを投げたとされる渋谷CLUB QUATTROでのライブ映像を見ることができる。
 その映像を解析したところ、椎名林檎はステージで次のように言ったあと、観客に向かって生理用品を投げている。

 ツアー回っとったら、なんか、月経が終わったから、センターインよ。サイン入り。

「センターイン」とは生理用品のブランドで、1999年当時はエフティ資生堂が販売していたものを現在はユニ・チャームが販売している。Wikipediaによれば小中学生向けで、若い女性、全般に人気がある。「センター・イン」とはナプキンのことで、タンポンではない。
 ということは、椎名林檎が投げたのはナプキンである。落合真司の本は間違っていた。
椎名林檎 語録bot」というTwitterは、このときの発言を、「(ナプキンを投げながら)ツアー回っとったら、月経が終わったから捨てたいんよ。サイン入り」と書いている。「捨てたいんよ」は「センターイン」の聞き間違いと思われるが、投げたのはナプキンとしている。
 この映像解析により、すべての謎が解けたかと思われたが、そうはいかなかった。
椎名林檎 語録bot」には、こんな発言も記録されているのだ。

(ナプキンを配りながら)うい~っす!今日はバリバリ2日目ということで配らせていただきました!ハイライトは送ってもらえることになったんだけど、これで資生堂さんから送ってもらえるかな?

 落合真司の本に照らせば、これは1999年6月20日タワーレコード渋谷店での発言と合致する。
 さて、「バリバリ2日目」というのが問題だ。これはライブ2日目のことか、それとも生理2日目を意味するのか。後者なら、使用済みナプキンを投げた可能性も出てくる。
 この日のタワーレコード渋谷店でのライブは、いわゆる販促のためのインストアライブで、3枚目のシングル『ここでキスして。』の購入者に限り、先着250人を無料招待して開催されたものである。
 椎名林檎は最初の全国ツアーの前に、こうしたミニライブを6回予定していたが、体調を崩してそのうち5回が延期されていた。その延期公演が6月14日に大坂BIG CATで始まり、6月16日に赤坂TBSホール、6月19日に三省堂新宿ホール、そして6月20日タワーレコード渋谷店である。
 つまり渋谷店は、インストアライブの「バリバリ2日目」ではなく、4日目である。
 インストアライブ「バリバリ2日目」は6月16日の赤坂TBSホールであり、落合真司の本によれば、椎名林檎はこのライブで次の発言をしている。

アイデンティティ』のあと、「暑いですね。ういっす」とファンに声をかける。マイクスタンドに貼り付けたハイライトの水色を不思議に思ったファンの声に、「これ普通のハイライトよ。でも、こげんしよってもぜんぜんくれんしね、ハイライト」と博多弁で答える。(51-52頁)

 赤坂TBSホールでは、ハイライトを宣伝しているのにくれない、と不満を述べており、これがタワーレコード渋谷店のライブでは、タバコ会社からハイライトを送ってもらえるようになった、と変化する。
 したがって、「バリバリ2日目」という発言はライブ2日目ではなく、やはり生理2日目を意味する。とはいえ、これは投げたナプキンが使用済みか、未使用か、という問題にも関わってくることであり、慎重な判断が求められる。
 残念ながら、この時のライブ映像といった一次史料を欠くため、真相は不明とせざるを得ない。
 椎名林檎がライブ中に観客に生理用品を投げた、というのも渋谷CLUB QUATTROでのライブ音声や映像が公開されるまでは、観客の目撃証言と伝聞に基づくものだった。そのため、Twitterでは、これがもはや都市伝説化しており、椎名林檎はライブ中にタンポンを引き抜いてそれを観客に投げた、といったことまで書かれるに至る。そこまでやったのならたいしたものだが、確証は得られていない。
 ちなみに、それを最初にやったのは泯比沙子である。椎名林檎はこれの真似である。また、このライブで椎名林檎は「日本共産党」と書いた拡声器で歌っているが、これも遠藤ミチロウの真似である。
 そのTwitterであるが、1stワンマンライブに行き、椎名林檎が投げたサイン入りタンポンを拾ったという投稿があり、これはもしそのタンポンが現存しているなら貴重な一次史料となろう。
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 今回、われわれ調査隊が調べ得たのはここまでである。
 判明したことを生理、いや整理しておこう。

・1999年4月9日の渋谷CLUB QUATTROでのライブ中での出来事(確定)
・「センターイン」という発言から、ナプキンを投げた(ほぼ確定)
・「月経が終わった」という発言から、未使用の新品(ほぼ確定)
・別のライブでも生理用品を投げていた(ほぼ確定)
・ライブ中はタンポンを使ってそうだ(推測)
・ナプキンもタンポンも両方投げたんじゃね?(推測)
椎名林檎なら使用済みを投げそうだ(推測)

 ほんの二十年前のことでさえ、わからないのである。謎の解明の一助となればと思い調査に手をつけたが、かえって混迷を深めてしまった。
 もうこれは本人に聞くしかない。誰か椎名林檎に直接聞いてほしい。たのむ。

youtu.be
椎名林檎 Live1999




椎名林檎の求め方

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