なぜ外野フライを捕ることができるのか

 ジョセフ・ヒース著/栗原百代(翻訳)『啓蒙思想2.0』に、面白いことが書いてあった(94頁)。もとはゲルト・ギーゲレンツァー著/小松淳子(翻訳)『なぜ直感の方が上手くいくのか?』にあるエピソードである。
 ある野球チームのコーチが、外野手の捕球ミスがあまりに多いのに業を煮やした。その原因は、走るのが遅すぎて、ボールに追いつくのに時間がかかりすぎるせいだと確信した。
 凡フライが上がると、どの外野手も、ボールが落下しそうな地点へ向かって、のろのろと走っていく。なぜ全力疾走しないのか。選手がもっと早くボールの落下地点に到着すれば、余裕を持って楽に捕球できるはずだ。そう考えたコーチは、外野手に指示を出した。ボールの落下点を見定め、そこへ全力疾走で達してから、視線を上げ、捕球位置を修正すること。
 いかんせん、この指示に従った外野手には、かえって捕球ミスのエラーが続出することになった。
 なぜか。
 外野手というのはごく簡単なヒューリスティック(経験則)に従っている。
 フライの落下点をはじき出す数学上の計算は、とうていリアルタイムで実行できることではない。代わりに使うのが、シンプルなちょっとした近道、ゲルト・ギーゲレンツァーが「注視ヒューリスティック」と呼ぶものだ。
「ボールを注視し、その注視角を一定に保つように走る速さを調整せよ」
 このルールに従えば、はじめはゆっくり走り出し、徐々に加速して、あたかも魔法のように、頭上にボールが来たところへ到着する。くだんのコーチが選手に要求したように、走る速さを固定することでこのヒューリスティックを無視したら、ボールに近づくことさえできないのだ。
 しかし、である。外野を守ったことのある人ならわかると思うが、はたして外野手はこんな「注視ヒューリスティック」なるものに従っているのだろうか。
 私は、こんな理論を初めて聞いた。ほとんどの選手にとっても初耳だろう。
 それでも、外野フライは捕れるのである。バッターがフライを打ち上げれば、その落下地点がなんとなくわかり、そこへ向かって走っていって捕球する。
 ボールがどこに落ちるか、どうしてわかるのか?
 とにかく、わかるのである。