「ある男」のネタバレ感想

 平野啓一郎の『ある男』を読む。
 夫の「大祐」が事故で死んだあとに、その名前も経歴もすべて嘘だったことが発覚する。はたして夫は何者だったのか、というのが推理小説のように語られるのだが、これを推理小説として読むと、いろいろおかしなところがある。
 ネタバレすると、赤の他人と戸籍を交換したからなのだが、それだけならまだしも、その他人の経歴までそっくり引き継ぐのだ。北朝鮮のスパイが正体を隠すために、他人に成りすますというなら、それほどの偽装工作も意味があるだろうが、「大祐」は一般人である。経歴を詐称したって、めったにばれることはない。
 それなのに、兄弟仲が悪いとか、親に臓器を提供しただとか、他人のそんな詳細な経歴までそっくり引き継ぐのである。自分の経歴を捨てて、他人になりたいという願望はわからなくもないが、それなら過去など好きなように創作すればいいのであって、なぜ他人の経歴までをそっくりそのまま引き継ごうとするのかわからない。
 戸籍を交換するのにも、わざわざ相手に自分の経歴まで詳細に明かさねばならないとなると、そんなのに応じる人も少なかろう。
 そもそも「大祐」は自分の境遇が嫌で、それを捨てさえできればいいのであるから、べつに戸籍の交換までしなくても、名前を変えればすむことである。それで経歴も詐称して、見知らぬ土地で暮らせばすむ話だ。むしろ戸籍まで交換して実在の人物に成りすます方が、身バレする危険が高い。
 ようするにこの小説の筋立ては、平野啓一郎の思想を絵解きするために必要だった、というだけである。
 純文学作家が書くこうした推理小説じみた小説の多くは、推理小説としては欠陥がある。それにもかかわらず、純文学だから許されるというのであれば、それはちょっと違うと思う。

ある男

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