Eテレに『100分de名著』という長く続いている番組があり、伊集院光が司会をしている。ところが番組で取り上げる名著を、伊集院光はほとんど読んでいない。名著を読んでいないのだから、まともな本を何も読んでいないということである。
かといって、伊集院光が馬鹿かというと、そうではない。時には、ゲストの大学教授よりかしこく見える。伊集院光は森羅万象を、自分がよく知っている落語などの芸能界の話にたとえて理解するのだ。
どれほど難解な思想でも、
「それって芸能界でいうと、こういうことですよね」
と、言えてしまうのだ。
これはつまり、2ちゃんねるでよく見る「ガンダムでたとえると何ですか?」である。
人は、芸能界と機動戦士ガンダムの知識だけで、すべてを理解してしまえるのだ。
本を読めば知識が深まり、世界が広がるというのは嘘である。
人は、自分の知っていることしか、知ることができない。
この番組の伊集院光を見るたびに、私はそう思う。
とはいえ、それではあんまりなので、少し付け足しておこう。
世の中には、こつこつと長い年月をかけて勉強して、ようやく理解できる学問がある。いや、どれだけ勉強してもわからない、というものがある。
ゲーデルの不完全性定理がそれだ。それがいかに難解かは、岩波文庫の『ゲーデル 不完全性定理』(林晋・八杉満利子訳・解説)を読めばわかる。いや、定理は読んだってわからないのだが、訳者が書いている「まえがき」を読めば、なぜ「わからない」のかが、わかる。以下に、引用する。
ほとんど予備知識のない人が、入門書だけを読んで不完全性定理の数学的内容を理解することは不可能である。
この定理を数学的にも理解したいならば、まず数理論理学を理解しなければならない。そのためには本格的な数理論理学の教科書を読む必要がある。アインシュタインの相対性理論の論文は「初等的知識」だけで読めることで有名だが、これは高校までの教育で、この論文の理解に必要な、代数、解析、幾何、力学、電磁気学などの知識がすでに教えられ、そればかりか、それが入学試験にさえ出題される知識であるために、多くの人が、相当な訓練を受けているからである。
これに反して、ゲーデルの定理の理解に必要な数理論理学や集合論は、高校までの教育では、ほとんど教示されない。 大学でも教えられる機会は少ない。そういう知識を補完しない限り、ゲーデルの定理を特殊相対性理論のレベルで理解することはできないのである。
それにもかかわらず「ゲーデルの定理が解る」という解説書は多い。
「中学生でも解る」という惹句で売った解説書もあるほどだ。たしかに、ゲーデルの定理の証明は素人にも解りやすそうに見える。しかしこれは間違いなのである。
数学のノーベル賞と呼ばれるフィールズ賞を受賞した大数学者・小平邦彦が、「ゲーデルの定理を勉強したが、自分には難しかった。何とか判ったつもりだが、自信は無い」という意味のことを語ったことがある。天才と謳われた小平にさえ難しいものが、中学生に容易に理解できるわけがない。
(7-8頁)
誰かガンダムで例えてくれ!

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