岩波文化人の語るアナキズム

 栗原康の『アナキズム』(岩波新書)を読んだが、その幼稚さにあきれた。
 アナキストで俳優の天本英世は、吉田照美から「アナキストというのは、泥棒やったり、女を強姦するんでしょ」と言われて激怒したことがあった。しかし、栗原康のこの本を読むと、そういう誤解が生まれてもしょうがないと思った。
 メーデーにパリでマクドナルドの店舗が、労働者のデモ隊に襲われ、火炎瓶を投げ込まれた事件があった。この映像をyoutubeで見た栗原康は「テンションがあがってしまった」と言い、「こわせ、こわれろ、こわされろ。ついでに、ぜんぶ燃やしてしまえ。燃やせ、燃やせ、燃やせ。みているおいらも燃えちまったよ。もう真っ黒コゲさ。もっと黒くなれ? もっと黒くなれ? 火のついた猿、火のついた猿。ウッキャッキャッキャッキャッキャーーーッ!!!」(5頁)と書くのだ。黒装束で顔を隠して犯行に及び、そのせいで警察にも捕まらず、逃げ切った犯人らを賞賛するのである。
「マックとかスタバとかシティバンクとか」は、資本主義の象徴だから焼き討ちにされて当然なのだという。仮にそうだとしても、本社ビルではなく、町のフランチャイズ店をつぶし、アルバイト店員の職を失わせることにいったい何の正義があるのか。
 資本主義や権力に従うのは奴隷であり、暴動を起せ、ヤッチマエ! とアジる。

 一九二〇年代後半のはなしなんだけど、あるアナキストが友だちがやっていたストライキを支援するために、社長のお宅訪問でもしてやろうぜっていって、二〇人くらいでとりかこんで、死ね!死ね!ってさけんでいたら、なんかテンションがあがっちまって、家にガソリンをドボドボッてぶっかけて、ほんとに火をつけちゃったりね。ギャアアァァァッ!!! 結果はとうぜん大弾圧。火をつけた本人は中国へ逃げていく。チャッハハ!(同書147頁)

 このような引用するのも不快で下品な文章が延々と続く。金持ちも警察官も権力者だから、襲撃されて当然だと栗原康は書くのである。
 それならば、今年は富山と仙台で交番が襲撃されて警察官が殺害されたが、これもチャッハハ!か。裕福なエリート家庭の子弟が通う小学校を襲撃した宅間守もチャッハハ!か。資本主義を否定し伝統文化を破壊した中国の文化大革命はどうか。ポル・ポトによる虐殺はどうか。
 岩波書店は権力ではないのか。

 えっ、秩序をはみだすのは、犯罪だって? みんなにきらわれてしまうって? 上等だよ、上等だよ、ひらきなおるわけじゃねえが。現にあるものをブチこわせ。主人でもない、奴隷でもない、民衆の生をつかみとれ。新天地にむかってあるきだせ。それはとても孤独なことなのかもしれない。おいら、ゴロツキ、はぐれもの。(同書254頁)

 栗原康はクロポトキンの『相互扶助論』を根拠に、すべての生物の根本には相互扶助の精神があり、国家や権力による強制がなくても、人は見返りを求めることなく互いに助け合って生きていけるのだと説く。しかしこうした説は、進化心理学などによって否定されている。
 生物の利他的行動や自己犠牲は、すべての仲間を守るためのものではなく、自分の血縁者だけを守るのが目的である。また、困っている仲間を助けるのは、そうして救っておけば、つぎに自分が困ったときに救ってもらえるからだ。これを互恵的利他主義という。生物は無償で助け合うのではなく、恩恵を当てにして行動しているのである。恩を受けたら、返さなければならない。この関係からなる社会を守るためには、以前に救ってやったのに、恩を返さない相手がいれば罰を与え、排除することが重要だ。村八分だ、私刑だ。
 無政府で相互扶助で平和に暮らせるなどというのは、おとぎ話である。
(参照:クリストファー・ボーム『モラルの起源』白揚社、リー・ドガトキン 『吸血コウモリは恩を忘れない』草思社

 たとえば竹中労は、『黒旗水滸伝・上巻』(皓星社)の中で、のちに虎ノ門事件を起こして大逆罪により死刑になる難波大助を、次のように描いた。

 大正十一年、難波大助は、浅草木馬館で軽演劇を見ていたところを、スリに狙われた。スリは難波大助の懐に手を忍ばせて、財布を抜いた。しかしその場面を見ていたべつの客が、スリをその場で取り押さえた。
 しかし難波は、こう言ってそのスリを許した。
「せっかく盗んだのに、気の毒ではありませんか。ナニ、大して入っとりゃせんのですから、その人にあげてもよいのです」(380頁)

「さまざまな貧しい人々と、その生活に触れることによって、以前のように狂信的、かつ観念的なことではなく、革命は私に身ぢかなものとなり確固たる信念となりました……」(391頁)

 天本英世国民年金を払わなかった。竹中労は確定申告をしなかった。反権力を貫くアナキストとしての矜持であろう。栗原康には、それがあるか。
 岩波書店がこのような本を出すのは、醜悪である。栗原康は、奨学金で借金が635万円ほどあるというが、こんな本が売れてそれで返済したとなったら、それもまた醜悪である。

良いテロリストのための教科書

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黒旗水滸伝―大正地獄篇〈上巻〉

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