巨匠の回顧録

 橋本忍『複眼の映像-私と黒澤明』(文春文庫)を読む。芝居がかった大仰な文体に辟易する。
黒澤明という男-それは閃きを掴む男である」だとか、シナリオに行き詰って旅に出て瀬戸内海を見つめていると、「その私の全身を、一瞬だが小倉百人一首の一首が戦慄的に貫いた」だとか、列車に揺られていると突然、目の前に亡き伊丹万作の幻が現れて、「橋本よ、苦しい時や悩むことがあったら、その時には黒澤明を思え」と語りかけてくる、といった調子である。
 野村芳太郎が『ジョーズ』を見て、「橋本さん……これからスピルバーグの映画はもう見る必要はないですよ」と言ったという。
「映画の監督を一生やってたって、あんなのは一本できるかどうかですよ。だから彼には、この『ジョーズ』が最高で……これから先はなにを撮っても、これ以上のものはもう出来ませんからね」
 こんな偏狭な評価をありがたがり、「私は野村さんの言葉にある種の真実性を感じ、以後はスピルバーグの映画は一本も見てない。しかし、スピルバーグの映画が公開されるたびに、野村さんの予言が気になるので、映画を見た人々に確かめているが、それらの人々の意見を総合すると、野村さんの予言は見事に的中し正鵠を射ている。なにか時空を越える空恐ろしいまでの先見性である」と書くのである。(P287)
 新劇の長老の、今ではもう古臭くなった一人芝居を見せられている感じだ。巨匠だというのでがまんして読み進めたが、この、くどさは、まぎれもなく『幻の湖』のそれである。

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