山田洋次はつらいよ

 おれも近頃では丸くなって山田洋次の映画なんかも見るようになったのだが、寅さんだかなんだか、ああいう世界はどうにも、きもち悪くていけねえ。
 切通理作山田洋次の<世界>』(ちくま新書)を読んだ。
 山田洋次が助監督時代に書いた『睡い』というシナリオが紹介されている。広い屋敷に、大学教授らしき夫とその妻、赤ん坊、それに子守として雇われた少女が暮らしている。子守の少女は知恵遅れである。その夫婦の結婚記念日の夜、主人の教え子の男女数人が、遊びにくる。やがて、彼らは乱交パーティを始め、それに夫妻も加わる。別の部屋では、子守の少女が、赤ん坊の世話をしている。少女は眠たいのに、赤ちゃんが泣き止まないことに腹を立てて、赤ちゃんをおとなしくさせようと思い、自分の乳房をその顔に押し付けて殺してしまう。やっと静かになった部屋で、少女は眠る。そして寝返りを打ったとき、彼女の片足がガスストーブの管を蹴り、ガスが漏れ始める……。こういうあらすじだそうだ。
 山田洋次新作落語の脚本も書いていて、『真二つ』という噺は、刀匠の名人が作った何でもよく斬れる薙刀の刃を池から拾おうとした男が、最後に二つに割れて浮かび上がるオチ。『目玉』という噺はさらに残酷で、「まず、頭のテッペンを一文字に刃物で切っておいて、皮を両方に開く、するとシャレコウベが出て来るな、これをノコギリでゴシゴシと切ってゆく、この時に切りすぎて原脳を傷つけると、元も子もなくなる」と、死体から目玉を抜き取る描写がえんえんと入り、聞き手は吐き気をもよおす。(P157)
男はつらいよ』では、劇中劇である寅さんの「夢」のシーンで、源公が下半身を食いちぎられた死体となって船の上に転がり、さくらが足だけになっているという『ジョーズ』のパロディさえある。
山田洋次ヒューマニズムに満ち溢れているように見えて、物凄い毒もあわせて持っていることがわかり安心した。善意だけの人間なんて気持ち悪くて付き合えないもんね」
 と述べるのは、二代目・快楽亭ブラックである。(P33)
 それまでの山田洋次論は、ヒューマニズムへの無前提な礼賛か、共産党系の文化運動的側面から書かれたものしかない。寅さんはあくまで「健康」な「大衆の頼もしい援軍」でなけばならない。切通理作は従来のこうした論調を批判し、山田洋次の中にある「物凄い毒」を取り出して見せる。さすが、怪獣映画とピンク映画オタクの切通である。山田洋次も、えらい人物に見込まれたものだ。

山田洋次の<世界> (ちくま新書)

山田洋次の<世界> (ちくま新書)