優しくない三谷幸喜

 三谷幸喜・脚本の芝居『君となら』の元ネタは、アラン・エイクボーンの『レラティブリー・スピーキング』(邦題「こちらがあたしのお父さん」「パパに乾杯」)だと気づいた。よくできた脚本だと思ったが、その「よくできた」部分は、エイクボーンのアイデアである。三谷氏の作品は、基本的なアイデアや構成を名作から借用し、セリフなどを自分なりにアレンジすることで成立している。『12人の優しい日本人』などは、シドニー・ルメットの映画『十二人の怒れる男』のリメイクのようなものである。
 鴻上尚史『名セリフ!』(文芸春秋)を読んでいたら、次のような記述があった。
 十年以上前のこと、ある高校が、三谷幸喜さんの作品を上演して、高校演劇の全国大会にまで登ってきていた。しかし、三谷さんは自作の上演を許可しないことで知られている。いったいどうやって高校生たちは、台本を手に入れ、どうして三谷さんは上演許可を出したのだろう。
 じつは、その高校生たちは、上演許可を取らないまま、上演を続けていたのだった。プロの実際の上演を録音して、それを活字に起こすという、やってはいけないことをやっていた。
 無許可の上演は、絶対に認められない。全国大会まで、無許可のまま、何回かの地区大会・地方大会を勝ち抜いてきたというのが、そもそもあってはならないことだ。大会事務局は大騒ぎになった。
 そこで、あらためて三谷さんに上演許可をいただけないかと、大会事務局と高校生は連絡した。上演が許可されないと、高校生たちは全国大会に出場できない。しかし、三谷さんは許可を出さなかった。高校生だろうが、全国大会だろうが、自作に対する上演許可を出さないという原則を崩さなかった。(P225-232)
 三谷幸喜は戯曲や脚本を、本として出版することさえ拒否している。なぜこれほどまでに、頑ななのだろうか。
 三谷氏は、上演許可を出さない理由について、『オケピ!』(白水社)の「付記」で、こう書いている。

 だからよそで、僕の知らないところで、僕の知らない人たちによってこの作品が上演されるのを、僕は決して希望しません。ましてや、僕が一生懸命書いたホンが知らないところで勝手にアレンジされ、自分らのやりやすい形に書き直されて上演されるなんて、考えただけでも、憂鬱になります。

 考えてもみてください。例えばどんなにあなたが映画『タイタニック』を気に入ったとしても、どこからか台本を手に入れたとしても、そして有り余るほどのお金があったとしても、だからと言って勝手にリメイクをしようとは思わないでしょう。それと同じことです。

 しかし、この論理はいささか身勝手ではあるまいか。
十二人の怒れる男』や『刑事コロンボ』の制作者が、よその国で知らない人によってリメイクされているのを知ったら、どう思うだろうか。
 自分には『十二人の怒れる男』をリメイクする権利はあるが、高校生には三谷幸喜の戯曲を上演する権利さえないということか。
 つかこうへいとは、対照的である。
北区つかこうへい劇団」のサイトでは、『熱海殺人事件』などの上演台本が、無料でダウンロードできる。しかも営利目的でなければ、上演料もいらない。高知の劇団なら、「熱海殺人事件」を「桂浜殺人事件」にすればいい、と戯曲のアレンジまで認めている。

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 つかこうへいの立場は、次のようなものである。

 この際、はっきり言っておくが、一字一句間違えずに台詞を言われたって、私は何も嬉しくない。他の劇作家と違って、私は意地悪く上演許可を与えなかったり、一字一句間違えずにやるように強要したりしない。そんなことより、私は「役者の生き造り」を見たい。最低、高知だったら高知で、「熱海殺人事件」を、「桂浜殺人事件」と変えて上演する程度の作者への礼儀をもってほしいということなのだ。秋田だったら「八郎潟殺人事件」、北海道なら「登別殺人事件」ができる。
(つかこうへい『高校生のための実践演劇講座・第3巻』・白水社・P12)

 さて、おれが気になるのは、三谷氏がその信念を貫くのであれば、現在はもとより彼の死後、一切の三谷作品の上演はできなくなる。遺族が、三谷氏の意思に反して、上演許可を与えることはあるまい。そうなると、三谷幸喜の死とともに、その戯曲と舞台は封印されることになる。まあ、そういう人生も潔いとは思うが。
 鴻上氏の前掲書で知ったが、三島由紀夫著作権継承者(遺族)は、文芸春秋社に対し、三島作品の一切の引用を許可しない、と通告しているという。三島由紀夫の文章を、たとえ一行たりとも引用できない、ということである。これはもう、文芸春秋では、三島に関する評論集も研究書も出せないということである。えらいこっちゃ。

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