おれが推薦する百恵映画といえば、『霧の旗』でございます。
これは松本清張原作で、1965年に山田洋次監督、倍賞千恵子主演で映画化されておりますが、西河克己監督、山口百恵主演の方が、よい映画です。
『映画の見方が変わる本』(別冊宝島100)で、スガ秀美氏は、この映画についてこう述べています。
『霧の旗』は、ヒッチコックも真っ青の美女サスペンスである。この映画については、すでに山田宏一などによる
美しいオマージュがあるので多言はしないが、(以下略)
たしかに、前半のスピーディな展開は、ヒッチコックを思わせ、おおおっ、てな興奮があるわけですが、後半はちょっと、もたもたする、という感じです。
ストーリーは、兄の無実を晴らそうと、山口百恵演ずる桐子が、東京の高名な弁護士に、弁護を依頼するのだけど、それを断られて、兄は冤罪のまま獄中で病死します。
それで桐子は、その弁護士に復讐する、というお話。
百恵さんはこの時、若干17歳。すごい大人っぽい。
兄は高利貸しのババアを殺害した容疑で逮捕され、一審で、死刑判決を受けます。この判決は、どう考えても重すぎると思われ、おれは、どうもそれが気になるんですね。
兄は真面目な教師で、おそらく初犯だし、被害者は、金貸しのババア一人で、それで死刑です。でもまあ、田舎の裁判官には、こういう人いるかなあ。原作でも、死刑判決なわけですね。
しかしですねえ、この不合理さが、決して作品の傷とならずに、むしろ、だからこそ、おもしろい映画になってるんですね。
兄を、死に追いやった本当の悪人は、ババアを殺した真犯人であり、兄を誤認逮捕した刑事であり、冤罪を見抜けなかった検察官であり、不当な判決を下した裁判官です。
しかし、桐子は、弁護をしてくれなかった弁護士を恨んで、復讐します。
これは、逆恨みです。映画でも、桐子はどんどん「あぶない」女になって暴走します。桐子の本当の敵は、刑事や検察官や、裁判官なのだけど、そいつらには復讐せずに、わりといい人だったりする弁護士を、追い詰めるわけ。
これは、原作でもそうで、清張は、全部計算して書いているわけです。
つまり、復讐というものが、本当に復讐すべき相手ではなくて、たまたまその事件に関わったに過ぎない人に向けられる、そういう、逆恨みの恐怖が、描かれています。
世の中とは、復讐とは、そういう不合理なものなのだ。
この点が、山田洋次監督『霧の旗』(脚本・橋本忍)では、弁護士が悪人で、ただの勧善懲悪ものになっていて、イマイチなわけ。
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