差別は経済の基盤である

 松井彰彦『高校生からのゲーム理論』(ちくまプリマー新書)を読む。
 フィラデルフィアでは、白人と黒人との間で完璧に近い「棲み分け」がなされている。金持ちの白人は、白人だけの居住区にかたまって住んでいる。黒人にも金持ちはいるが、白人の居住区に住もうとはしないし、家主も不動産会社も「白人居住区」の物件を黒人に貸したり売ったりはしない。なぜならば、黒人が住むことによって地価が下がってしまうからである。

 では、なぜ黒人が住むと、地価が下がるのであろうか。その理由として考えられるのは、白人は黒人と同じ地区に住みたくないと思っていて、黒人がいるとその地区の魅力が減ってしまうから、というものである。しかも、これは黒人に対する偏見がなくとも生じてしまう現象なのである。
 今、仮に、白人はだれも黒人に偏見を持っていないとしてみよう。かれらが気にするのは、自分が住む町や所有している不動産ないし不動産屋なら自分が扱う街の地価の動向だけである、と考えよう。そのような状況でも、黒人に家を貸したり、売ったりすることを避けようとすることがあり得る。なぜかと言えば、それは、みんなが「黒人が住むと、地価が下がる」と思っているからである。「黒人が住むと、地価が下がる」と多くの白人が思っているとしよう、このとき、実際に黒人が住み始めると、地価が下がることになる。なぜなら、地価が下がることが予想される不動産に対して、元の高額の対価を払う人が少なくなるからだ。
 逆にみんなが価値が上がると思えば実際に価値が上がる。不動産開発の成否はいかにこのような期待をみんなに持たせるかで決まる。
 ニューヨーク出身の不動産王にドナルド・トランプという人物がいる。父親はそこそこの不動産屋だったが、ドナルドは土地開発で並々ならぬ才能を発揮する。あまり地価が高くない土地家屋を区域単位で安く買い取り、少し手を入れる。そして、これを高く売り出すのだ。あまり柄のいい地域と思われていないところが、結構いけてる地域に変ってしまえば、もう後は濡れ手に粟だ。大したお金をかけずに、つまり大したリスクを冒さずに成功すれば大儲け。実際、大学生のときに、父親の会社を利用して、ある集合住宅に手を入れ、五億円を一〇億円に増やしてしまったというから驚きである。(114-116頁)

帰ってきたウルトラマン』に「怪獣使いと少年」という今なお語られる問題作がある。
 宇宙人だと言われ、差別されている少年が、町のパン屋で食パンを買おうとするが、女店主は迷惑がり追い返す。しかし、パン屋の娘は少年にパンを差し出す。
「同情なんてしてもらいたくないな」という少年に、パン屋の娘はこう応える。
「同情なんかしてないわ。売ってあげるだけよ。だって、うちパン屋だもん」
 感動的な場面である。
 差別は経済の基盤であるが、モンテスキューが「商業は偏見を癒やす」と述べたように、差別を癒やすのもまた経済である。
 なぜ黒人が住むような土地を買うのかと問われて、ドナルド・トランプもまた、こう答えただろう。
「だって、うち不動産屋だもん」
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高校生からのゲーム理論 (ちくまプリマー新書)

高校生からのゲーム理論 (ちくまプリマー新書)