俺は死ぬまで映画を観るぞ

 四方田犬彦『俺は死ぬまで映画を観るぞ』(現代思潮新社)を読んだ。
 浦山桐朗が撮った『わたしが棄てた女』を「名作」としたうえで、そのリメイクである熊井啓『愛する』という映画について、四方田犬彦は次のように酷評している。

 で、結果はというと、これがどう褒めていいのかわからない駄作だった。就職がうまくいかず鬱屈した若者が、冗談半分に醜い女の子を誘惑し、弄んだうえで捨てる。やがて彼は出世し、社長令嬢と結婚したのち、かつての女の子が養護施設で働きながら死んだことを知らされ、深い後悔に襲われる。これが最初の浦山のヴァージョンである。『愛する』という新ヴァージョンの監督は熊井啓。前作にはなかった二つの要素が加えられている。具体的にいうと、ひとつは若者の出身地を沖縄に設定したこと。もうひとつは、女の子がハンセン病に罹ったと診察されて、人里離れた療養所に向かったとしたこと。監督としては、今日不当に差別されている二つの対象をフィルムに取り入れることで、良心的な社会派作品としてパワーアップしたかったのだろう。
 けれどもこの目論見はみごとに裏目に出た。登場人物をすべて社会意識に満ちた、心優しい善人に仕立て上げたとき、原作者の遠藤周作が探求し、浦山が自嘲をまじえて解釈した、人間が不可避的に犯してしまう錯誤と悪という主題は、跡形もなく忘れ去られた。後には退屈な擦れ違いのメロドラマが続くばかり。時代背景を考慮するなら、どうして「らい病」とはっきり口にしないのか。たとえこの言葉が差別と偏見の時代のものであったとしても、その言葉はそれが口から発せられた瞬間において、確実に現実感をもちえていたはずではなかったのか。わたしには錠さんをはじめとする誰もが、あたかも差別用語狩りに怯えるかのように「あの病気」とか「例の病気」という言葉を口にするたびに、ここに新たな抑圧の構造が生じつつあるのだなあという感想をもった。端的にいうならば、それは映画の敵である。日活はアクションとロマンポルノによって、日本戦後映画史の中心にある会社だった。倒産することで、いったいなにを学んだのか?(82-83頁)

 これは事実関係にいろいろまちがいのあるかなり粗雑な批判である。
「女の子がハンセン病に罹ったと診察され」るというのは、原作の通りである。遠藤周作の原作ではさらに、主人公の青年は軽い小児麻痺をわずらったため、右足が少し不自由である。熊井啓がことさら「良心的な社会派作品」を意図したわけではなく、むしろ原作に忠実な映画化を試みたといえる。
 差別用語狩りの影響を受けているのは原作でも同じで、若い看護婦がうっかり「らい病」と口にする以外は、すべて「ハンセン病」という呼称に言い換えられている。さらに講談社文庫版、『遠藤周作文学全集』所収の版では「トルコ風呂」が「ソープランド」に変えられている。
 こうなると四方田のいう「原作者の遠藤周作が探求し、浦山が自嘲をまじえて解釈した、人間が不可避的に犯してしまう錯誤と悪という主題」などというものがあったのかさえ疑わしい。「ハンセン病」の設定をはずし、原作にない恐喝事件まで盛り込んだ最初の浦山ヴァージョンの映画こそ、社会意識も何もない退屈な擦れ違いのメロドラマである。
 また、井土紀州の『行旅死亡人』を論じたところでは次のような、とんでもないことを書いている。

 今日の日本にはさまざまな理由から戸籍をもたずに生きている人が、少なからず存在している。といっても北朝鮮の諜報員のことではない。幼いときに捨て子にされたり、攫(さら)われたりして教育も充分に受けられず、そのまま成長していった人間などのことである。先に松坂慶子の育ての父親が逝去した。わたしはかつて彼が遺した回想を読んだが、遺棄された赤ん坊であった慶子をたまたま拾い上げて育てたとき、戸籍を作り上げるのにいかに苦労したかが克明に記されていたことを記憶している。(381頁)

 四方田犬彦が何を読んだのかは定かでないが、これだとまるで松坂慶子は、捨て子で教育もろくに受けられずに育ったみたいではないか。
 松坂慶子に「育ての父親」などおらず、実の両親である松坂英明・つね子が書いた『娘 松坂慶子への「遺言」』(光文社)によれば、未熟児として生まれて病弱だった娘・慶子のために、両親はことのほか愛情を注いで育てた。
イングリッド・バーグマンのようなきれいな女性になってほしい」と願い、脚がすらっとなるように慶子の脚をさするのが日課だった。また父親は慶子に、ピアノ、日本舞踊、発声などたくさんの習い事をさせ、中学に入ると「劇団ひまわり」に入団させた。
 ただし、慶子の母親には戸籍がなかった。これは幼いころに身売りされたためだった。そのため英明は知人の力を借りて法務省と交渉し、妻のつね子の日本の戸籍を回復し、慶子を妻の戸籍に入れた。韓国籍だった英明は、娘の将来を案じて、慶子を母親の非嫡出子という形にし、日本人として育てようと思ったのである。
 それも娘を思えばこそであり、いったいこれをどう読めば、「遺棄された赤ん坊であった慶子をたまたま拾い上げて育てた」となるのか。

俺は死ぬまで映画を観るぞ

俺は死ぬまで映画を観るぞ