狂犬病の病原体はありまぁす

 子供の頃に伝記を読んで、野口英世というのは立派な人だと思っていたのだが、大人になってがっかりした。
 最初は、渡辺淳一の『遠き落日』を読んで、こりゃひどい性格破綻者だと知った。それでも立派な業績を残したことは偉大だと思った。ところが、福岡伸一の『生物と無生物のあいだ』を読むとその業績さえ、でたらめだった。
生物と無生物のあいだ』によると、ロックフェラー大学ではその功績をたたえて図書館に野口英世のブロンズ像を設置してあるものの、現在では無名に近い。「2004年6月発行のロックフェラー大学定期刊行広報誌」は、次のように伝えているという。

 ロックフェラーの創成期である二十世紀初頭の二十三年間を過ごした野口英世は、今日、キャンパスではほとんどその名を記憶するものはない。彼の業績、すなわち梅毒、ポリオ、狂犬病、あるいは黄熱病の研究成果は当時こそ賞賛を受けたが、多くの結果は矛盾と混乱に満ちたものだった。その後、間違いだったことが判明したものもある。彼はむしろヘビイ・ドリンカーおよびプレイボーイとして評判だった。結局、野口の名は、ロックフェラーの歴史においてはメインチャプターというよりは脚注に相当するものでしかない。(P19)

 野口英世は、狂犬病や黄熱病の病原体を特定したと発表し、賞賛され、ノーベル賞候補にもなる。だが、その正体は、当時まだその存在が知られていなかったウイルスによるものだった。

 パスツールやコッホの業績は時の試練に耐えたが、野口の仕事はそうならなかった。数々の病原体の正体を突き止めたという野口の主張のほとんどは、今では間違ったものとしてまったく顧みられていない。彼の論文は、暗い図書館の黴臭い書庫のどこか一隅に、歴史の澱と化して沈み、ほこりのかぶる胸像とともに完全に忘れ去られたものとなった。(P21)

 そのうち理研に、割烹着姿のブロンズ像が建つかも知れない。