人を殺した人のまごころ

 河合幹雄終身刑の死角』を読む。たとえば「有罪率99%」というデーターをもとに検察批判をする人がいるが、それはまちがいであることが本書を読めばわかる。
 逮捕されたらすべて有罪になるなどということはない。その反対に、刑務所には、なかなか入れないのである。その理由は、日本の刑事政策が「なるべく刑務所には入れない、入れてもすぐに出す」という原則で運用されているからである。罪を犯しても、送検されずに許される場合のほうが圧倒的に多い。たとえ送検されてもほとんどは起訴猶予や、執行猶予、略式命令や罰金などの軽い処分で終わる。2004年のデーターでは、送検件数220万人のうち、刑務所に入所したのはわずか3万人である。この数字だけ見ると、日本はなんと犯罪者に甘い国かと思う。だが本書によれば、「犯行後に何度も許してもらえる機会を与えて更正を目指すことが日本の刑事政策の伝統」である。
 それでも刑務所に入る犯罪者というのは、よっぽどのものである。半数が再犯者であり、五回以上も刑務所に入っている者が、二回目の入所者数よりも多い。「なるべく刑務所には入れない、入れてもすぐに出す」という基本姿勢は、裏返して考えると、それが無理な人が刑務所に入っているということである。温情をかけられ、手厚く指導され、それでも更正ができないというのはどういう人か。政治犯や凶悪犯を別にすれば、ハンディを抱えていたり、知能が低かったりする人たちである。新受刑者の約半数は、中卒以下である。
 では、更正した元受刑者というのはどういう人たちであろうか。著者は次のように述べる。

 保護監察官(法務省職員)、保護司の体験談によれば、本当に改心し、人が変わってしまうような実例があるという。人間は変わることができるという例証そのものであろう。付言しておけば、改心にいたった犯罪者の大半は殺人者だという、なんとも表現しようのない逆説がそこにはある。(P89)

 更正に成功したと聞くと私たちはつい、人を殺したのは何かのっぴきならない同情すべき事情があってのことで、もともと極悪人だったわけではないから更正したにちがいないと考えてしまいがちである。しかし、事例集を検証するとそうした予断は誤りであることが分かる。
 無期刑が下されたからには、その人は文句なしに酷い犯罪者なのである。同情に価する事情があったとすれば、そもそも無期刑にはなっていない。つまり、酷い犯罪に及んだ無期刑であっても仮釈放を認められ、やがて更正に成功しているわけである。
 直感的にも、コソ泥を繰り返す犯罪者の更正のほうが難しいことは理解できるであろう。それに対し、バイタリティのある犯罪者は、大きな犯罪をする一方、チャンスを与えれば更正する力もあるのであろう。(P125)

 
 はたして我々は、立派に更正した殺人者を、ゆるすことができるだろうか。

春の夜の電柱に
身を寄せて思ふ
人を殺した人のまごころ
      夢野久作「猟奇歌」

終身刑の死角 (新書y)

終身刑の死角 (新書y)