ドツボからの脱出法

 長谷正人『悪循環の現象学――「行為の意図せざる結果」をめぐって』を読む。
「行為の意図せざる結果」とは、「ある目的に向かって努力すればするほどかえって目的から遠ざかってしまうような現象」のことを言う。たとえば、「寝るぞ」と思って床に就いて、寝るぞ、寝るぞ、寝るぞ、と思えば思うほど、逆に目がさえて眠れなくなってしまうような現象のことである。
 こういうのは他にもいろいろあって、本書の中ではたくさんの例が挙げられている。では、どうすればそういう悪循環から逃れられるのか。著者は端的に次のように述べる。
「眠ろう」と努力すればするほど眠れなくなる人には、「眠るな」という命令を与えてやればよい。すると今度は「眠らないぞ」と努力することによって、眠ってしまうという「意図せざる結果」が成立する。つまり、「毒をもって毒を制す」という格言のように、「行為の意図せざる結果」の悪循環を断ち切るのは、「行為の意図せざる結果」そのものである。
 これは家族療法という心理療法によって、実際に行われている治療法だという。
 放屁に悩む若い女性がいて、彼女は家や学校や電車の中などで、ところかまわず放屁してしまうことで悩んでいた。放屁を避けようとすればするほど、放屁してしまうという悪循環に陥っていた。これに対して家族療法では、症状をもっとひどくするような指示を出すのである。屁になりやすいものを食べた上で両親の前で屁をしなさい、とか、できるだけ込み合った電車の中で屁をしなさい、とか。自然に屁が出たらさらに大きくしなさい、とか。一見むちゃくちゃな指示のように思えるが、もっとひどい状況に追い込むことによって、患者の治る力を引き出すのである。すると彼女はたちまち治癒して、「放屁のことを心配する必要がなくなった。心配するほど出なくなった」と言うようになった。(P99-101)
 これはなかなかおもしろい理屈だが、人間の心理を合理的なものと考えている点では、この療法じたいに病的なものを感じる。ギャンブル依存症の人に、もっとパチンコをやれ、と追い込めば、やっぱり破滅するだろう。人間はもっと不合理で複雑なものである。

「私は性格も悪いし、嫌われやすいタイプなのよね」などといつも言っている女を、周りの仲間たちは段々と敬遠し嫌うようになるだろう。しかしそれは、その女が言うようにもともと性格が悪いからではない。「嫌われ者なの」といつも自分から触れ回っていること自体が、彼女の嫌われる原因なのである。(P20)

 これも、もっともな指摘ではあるが、逆のことをやって好かれるようになるだろうか。こういう女は、もともと性格が悪いのである。何をやっても、嫌われる人は嫌われるのである。

悪循環の現象学―「行為の意図せざる結果」をめぐって (リベラ・シリーズ (1))

悪循環の現象学―「行為の意図せざる結果」をめぐって (リベラ・シリーズ (1))