かしこい選択してると思うなよ

 シーナ・アイエンガー『選択の科学』を読む。これも「白熱教室」の先生の本である。
 心理学を基礎としているので眉唾なところも感じるが、選択をめぐるエピソード集としておもしろい。「第5講 選択は創られる」と「第7講 選択の代償」は、テレビ放送にはなかった部分なので、ぜひ読んでほしい。
「選択は創られる」という話では、こんな例が挙げられている。
 企業はブランド戦略として、いくつものブランドを吸収合併し、傘下に抱え込んでいる。しかし客はそのことを知らず、自分の好みで選んでいるつもりが、じつは一つの巨大企業の商品を選ばされているに過ぎない。
 ミネラルフォーターのほとんどは、ネスレ傘下にある。たばこ会社のフィリップモリスとR・J・レイノルズは、それぞれアルトリア・グループとレイノルズ・アメリカンの子会社であり、二社合わせてアメリカのたばこ市場の八割を掌握し、47の銘柄を抱えている(キャメル、パーラメントセーラムバージニア・スリム、マールボロなど)。
 シリアルはほとんどがケロッグゼネラル・ミルズ製。化粧品の大半は、もとをたどればロレアルかエスティローダーが製造している。

 ほとんどの商業分野で、製造業者による合併、買収、ブランド売却が進んでいる。こうした一握りの巨大企業は、商品が店頭に並ぶはるか以前に、傘下のブランドで何種類の商品を提供するかを、はっきり定めている。
 しかも、何種類もの商品を取り揃える目的は、本当の意味で製品の幅を広げるためではない。むしろイメージ的な違いを前面に押し出し、多様性に富んでいるという幻想を生み出すことによって、できる限り少ないコストで、できる限り多様な顧客の気を引こうとするのだ。
 1本1ドル30セントするクリスタルカイザーのボトルに入っているのは、1本1ドルのホールフーズの「365オーガニック」ブランドと同じ水源から採取された水だ。実際、スーパーのプライベート・ブランド商品の多くが、ラベルが違うだけで、中身はまったく同じである。
(P195)

 まったく同一でなくても、思った以上に似ている製品もある。化粧品ブランドのランコムメイベリンは、イメージも、標的とする消費者層も、まったく異なるが、いずれもロレアルの傘下企業である。どちらのブランドのマット・ファンデーションも、同じ工場で製造され、配合もほぼ同じで、「コスメ警察官」の異名を取る化粧品専門家ポーラ・ビゴーンによれば、仕上がりにも検出できるほどの違いはないという。
 つまり、メイベリンの「ニューヨークズ・ドリーム・マット・ムース・ファンデーション」を8ドル99セントで購入する代わりに、ランコムの「マジック・マット・ソフトマット・パーフェティング・ムース・メイクアップ」を37ドルで購入する客は、品質以外の何かにお金を払っていることになる。
 なぜ企業は、何のとがめも受けずに、こんなことをやりおおせるのだろう? それは、巨大企業が特定の商品だけでなく、見かけ上のライバル企業の経営をも支配しているからにほかならない。そのため、どれが本物の違いで、どれが作られた違いかを判別するのがとても難しいのだ。
(P196)

選択の科学

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