岐阜県の迷宮

 先月といえば、もう去年の話になる。
 ふと思いついて駅の発券機で、臨時夜行快速列車「ムーンライトながら」号の指定席券を買ったら、買えた。これってなかなか買えないという話だったのだが冬場はそうでもないのか。でも乗ったら満席だった。
 それで東京から大垣まで行ってきた。深夜、日付が変わる小田原までの電車賃で、そこから先は青春18切符を使う。
 大垣に何があるかといえば、養老天命反転地である。
 荒川修作とマドリン・ギンズが設計したへんてこなテーマパークである。

 朝の六時前に電車が着いて、乗客のほとんどは関西方面行きの電車に乗り換える。おれは駅前に降り立ったのだが、真っ暗でなにもない。寒い。電車ではほとんど眠れず、見つけたネットカフェへ行く。こういう時にほんとネットカフェは便利だ。そこで休憩してから養老鉄道というローカル線に乗り換えて、養老駅で下車。これが一時間に一本ぐらいしかなくて、片道400円かかる。
 それでついに、養老天命反転地についた。「養老公園」の中にある施設だった。
 すり鉢状の地形の中に、迷路みたいな建物がいくつも建っている。その中をくぐったり、歩いたり、腹ばいになったり、見上げたり、しながらいろいろ考える。洞窟みたいな、中に入ると真っ暗でなにも見えないという施設があって、これは、なんか危険な快楽があると思った。無の世界というか、このまま閉じ込められて誰にも発見されなくても、もういいや、とか。「千明様と出逢わず、そのまま存在を知られる事なく生涯を終えたい」という心境に近づくというか。
 客はほとんどいなかったのだが、天気がよかったのでやがて親子連れとかカップルとかが来て、こういうやつらは、あいかわらず騒ぎ始めるので、せっかく瞑想状態に入ってたのに、ぶちこわしになる。
 とはいえ、最初は刺激的だったのだが、ぜんぶ回る頃にはちょっと飽きてきた。迷路みたいなのもどれも同じ感じだ。そもそもおれは、子供の頃に読んだ本で「迷路から脱出する方法」というのを知っているので、そういう知識が邪魔だなと思った。
 というか、これはフィールドアスレチックと同じじゃないか。たしかに普段使わない筋肉を使って、頭も使うのだが、野山を駆け回って遊べば、同じ効果が得られるのでは。自然の地形をそのまま生かして施設を造っているわけだが、それなら自然のままでいいじゃないか。過酷な自然の中で暮らす山岳民族の中から、すごい哲学者や芸術家が生まれてもよさそうなものだ。
 この施設には警備員がいて、それで清掃員のおばさんが掃除をしているところも見たのだが、彼らは毎日この施設で暮らしていて、その思考や身体に何らかの変化が現れたのか、てなことが気になった。
 三鷹には、これの住宅版の「三鷹天命反転住宅」があるのだが、荒川修作はこう語っている。
「ここに住むと身体の潜在能力が引き出され、人間は死ななくなる」
 自然を模倣しつつ、それでいて「人間は死ななくなる」という反自然的な概念に至るという、そこがユニークと言えば言える。
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死ぬのは法律違反です―死に抗する建築 21世紀への源流

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