A rolling stone gathers no moss.(転がる石には、コケが生えない)
このイギリスのことわざは、日本でわりに知られている。しかしその意味を、正確に理解している人は少ない。
「動かない石は、やがてコケが生えて汚くなる。しかし転がる石はコケが生えず、いつまでもピュアなままである。だから、転がる石になれ」
このようなポジティブな意味だと思っている人が多い。アメリカではこのような解釈もあるから、一概にまちがいではない。しかし、元の意味は、それとは正反対である。
ここでいう「コケ」とは、地位とか財産のことだ。
「職業を転々としている人には、地位も財産もついてこない。だから腰を落ち着けないと、何も身につかないよ」
このように、風来坊のような生活を戒める意味となる。忍耐や努力を尊重するのが本来の意味である。日本のことわざで言えば、「石の上にも三年」である。
日本でこのことわざがポジティブな意味で広まったのは、ローリング・ストーンズの影響であろう。
セックス・ドラッグ・ロックンロールという新しい価値観は、「コケ」を旧い価値観の象徴と見立て、秩序への反逆をうたう自由なライフスタイルは、「転がる石」をその自由の象徴と見立てたのだ。ロックとは生き方だ、転がる石のような生き方こそロックだ。そうして道を誤った若者は、数知れない。
職と転々とし、あちこちを放浪し、つきあう女もコロコロと変え、それこそがロックだと思ったのだ。あげくに地位も財産もなにもないおっさんとなった元ロッカーが、いまだに若者たちに向って「Keep on Rolling!(転がり続けろ!)」と説教をしている姿は、なんともイタイものである。
さらに付け加えれば、ボブ・ディランの『ライク・ア・ローリング・ストーン』という歌を、「転がる石のように」なれ!というポジティブなメッセージソングだと思っている人もいる。これは歌詞を読めばわかるように、かつてのお嬢さんが転げ落ちていく石のように落ちぶれた姿をうたった歌である。
ローリング・ストーンズは結成して40年以上、第一線であり続けている。ボブ・ディランは、来年70歳だが、いまなお現役である。
まさに「石の上にも三年」である。
たえず職業を変えるのは、賢明でない。そのことは、古くからはっきりしていた。”石の上にも三年”というのがそれである。イギリスには、これを”ころがる石はコケ(お金)をつけない”と表現した。とにかく、じっと我慢が必要だ、ということである。
(外山滋比古『思考の整理学』ちくま文庫・P186より)
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