遺族の品格

テレビCMで知ったのだが、『七人の侍』がパチンコ台になっている。著作権が切れる前に、稼げるだけ稼がねば、てか。

あの巨匠の息子は、NHKの大河ドラマ「武蔵」を、映画「七人の侍」の盗作だとして訴えたことがあったけど、ようするに、金払えって、ことなんだな。金さえ払ってくれるなら、パチンコ台に使ってくれてもOKですよ、と。

どうせなら、『生きる』をパチンコ台にすりゃいいのに。
大当たりがきたら、志村喬の歌う「ゴンドラの唄」が流れる・・・
これで何人のパチンコ中毒者を救えることか。

文芸春秋で長く編集者を務めた高橋一清の『あなたも作家になれる』(KKベストセラーズ)に、こんなエピソードが語られている。(212ページから引用)

村田喜代子氏の『鍋の中』を芥川賞受賞作として「文芸春秋」に掲載したその日のこと、「担当者に会いたい」と、劇作家の飯沢匡氏が社に現れた。この小説を舞台化したいという。
私は村田氏に連絡を取り、意向をうかがった。
「一清さんが信頼できると思ったならいいですよ」という許可を得た。注文や要請があったときは、こうして作者に確認するのが鉄則であり、勝手にすすめるようなことはない。

ところが、その舞台が無事に千秋楽を迎えた、さらに二ヵ月後、今度は、映画監督から電話がかかってきた。
いきなり、
「『鍋の中』を映画にしてやるから、契約書のサインを原作者からもらってくれ」と言う。
私は驚き、名を尋ねた。
「黒澤です」
黒澤明監督の家族の一人であった。

「映画にしてやるって誰が決めたんですか。まだ村田さんの許可ももらっていないですよ」
「でも、もう絵コンテも上がっているんです。父が次の映画にすると決めております」
そこで村田氏に聞くと、
「高橋さん、大事な娘を嫁にやる、親の気持ちになってやってください」と言う。
村田氏は、かつて映画のシナリオライターを目指し、映画を見ながら自分でシナリオを書き起こして、勉強した日々があった。それが結果的に小説の修練ともなっていった作家である。映画の理解は深く、黒澤明への評価も高かった。私は、可能な限り原作に忠実に作ることを申し出、さらに、題名にもこだわりたい旨を述べた。ところが、駄目出しが入る。
八月の狂詩曲』というタイトルにしたいという。どこが『鍋の中』なのだ。

そうして難航しているうち、社内で、あの黒澤明が映画化するというのに、なにをぐだぐだと条件を出しているんだと私を非難する者も出てきた。

結局、原作タイトルを可能な限りスクリーンに大きく出すということで「嫁入り」は決定する。ところが契約書にサインする段階になって、驚いた。
「未来永劫、この作品は、黒澤明以外は映画化しない」
という一文があるのだ。そんな契約書など見たこともない。
せめて年数を入れなければ判はつけないと言った。さらに言えば、まだシナリオそのものを見せていただいていないではないか。

世界の黒澤明の申し入れに素直に従わない者など、それまでいなかったのかもしれない。頑固ですね、と黒澤スタッフは言う。頑固も何もない、編集者というものはそうやって身を張って作家を守るものなのだ。
結果、五百年ということになった。
「以降、五百年、『鍋の中』は黒澤明以外では映画化されない」

それから少したって、ようやく、黒澤明監督自身との面会がかなった。私はそこでやっとご本人に挨拶し、シナリオも受け取ることができたのである。
「いままで周囲の者が失礼をしたかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
映画界で天皇と称えられる監督が頭を下げる。そこまで言われれば私も挨拶しないわけにいかなかった。
こちらこそよろしくお願いします」
そうやって、”私たちの娘”は嫁に行ったのだった。
<中略>

『鍋の中』に話を戻せば、映画は、まったく原作と違うものになっていた。試写会を見た村田氏は、『別冊文芸春秋』に映画の感想を寄せた。題名は次のように記されていた。
「ラストで許そう黒澤明
嫁いだ娘を母親が見て、そのあまりにも無残な扱いに愕然としたが、最後の数分間のシーンがあったことで、「まあ、いいか」と思うことにした、という内容であった。

主人公の老婆が激しい風雨の中を、雨傘を逆さにされながらも前へ進む姿を映したもので、これは村田喜代子の原作には一行もない、黒澤明監督が創作した情景であった。
(引用終わり)