山本薩夫監督『戦争と人間』 DVDで全3巻
全部見ると9時間半(笑)
満州事変前夜から、ノモンハン事件までの大河ドラマ。
しかし、楽しめるのは第二部までで、第三部はもう、反日プロパガンダ映画。
おれは昭和生まれだけど、戦争にも、大阪万博にも行ってないし、安保闘争にも参加してないし、でも90歳くらいまで生きたら「昭和の人」としてめずらしがられるのかなあ。
阿久悠が死んだ時、「昭和最大の作詞家」とか言われたけど、なかにし礼と松本隆が死んだら、なんと言われるのだろう。
それはさておき。映画『戦争と人間』
善玉(抗日・反戦運動家)、悪玉(軍部、財閥)という戦後民主主義的なわかりやすさと、単調さで、石原裕次郎ほかオールスターキャストのメロドラマで、支那事変の歴史を手軽に学びたい人向けの教材。
満州で、あくどく稼ぐ財閥を中心に、物語が展開していくんだけど、戦後の平和主義者は、軍隊の批判はするけど、今なお経済侵略を続けている大企業の批判はしないよね。
満州国というのは、日本の傀儡国家ではあったけれど、その遺産は、現在にも否応なく、受け継がれている。満洲映画協会(満映)では、国策映画が盛んに作られたわけだが、その目的は、満州国の理想を人民に広く教育するため。
プロパガンダの手段として、映画があったわけで、映画会社も映画人も、戦争協力してきた。この「満映」で腕を磨いた映画人らが、戦後になると映画ブームの一翼を担った。731部隊の医者が、戦争責任を問われないまま、戦後も医者であり続けたようなものか。
戦中(満州国)と、戦後(日本)で、作られる映画が変わったように見えるけれども、それは「五族共和」「王道楽土」という満州国の理想が、「反戦平和」という戦後日本の理想に変わっただけで、人民を教育しようという映画人の意識には、さして変化はないのかもしれない。
理想によって人民を啓蒙できると信じている、その傲慢さにおいても。
「満映」の理事長は、大杉栄を殺害した甘粕正彦だが、ベルトルッチの『ラストエンペラー』では、坂本龍一が演じていた。
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支那事変については、福田和也『魂の昭和史』の見解がおもしろい。
アメリカを開拓した「フロンティア・スピリット」が、次の標的としたのが中国だった。
アメリカは中国を支配するために、蒋介石に、金や武器の多大な援助を行った。
(小学館文庫P243から引用)
しかし援助の現場では、蒋介石の評判は最悪だった。
蒋介石の作戦は、どんどん退却して、日本を英米との戦争に引きずり込んで叩き潰すというものだったから、いくら金をもらっても何もしない。それはもっともで、なるべく力を温存して、日本がいなくなったあとで毛沢東をつぶすというのが、主眼だったわけだ。
しかしアメリカ側としては、日本をやっつければ、中国もアジアも自分の舞台になると思っていた。
日本をやっつけると同時に、イギリスやオランダやフランスといった国の植民地も、アメリカに対して経済的に開放させるつもりだった。
ところが、日本が退却したあとに、蒋介石は、毛沢東と戦ってすぐに負けてしまった。
ようするにアメリカは、中国を自分たちのフロンティアにしようと1930年代から莫大な金をつぎ込んできたのだが、あてがはずれた。中国を誤解し、アジア情勢を読み違えていた。
戦後、それに気づいたアメリカは、中国を見限り、日本をパートナーにしようと考えた。
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これは余談であるが、『戦争と人間』で、栗原小巻の乳房があらわになるシーンがあるんだけど、あれはボディ・ダブルを使ってるんだろうな。
それで、特高警察に逮捕される左翼学生の恋人役を、吉永小百合がやってるんだけど、ババア、いえ「母べえ」になっても同じ役ができるというのは、つくづく純真な人なんだなあ、と思いました。