毒にも薬にもならぬクソ小説に高名な文学賞が授けられるたび、車谷長吉氏のことを思います。短編『変』(『金輪際』所収・文春文庫)によれば、平成七年上半期の芥川賞に、車谷氏の『漂流物』が候補作に選出されます。
しかし落選。
一回目の投票では過半数に達していたのに、
「漂流物」の如き妖刀のような殺人小説は、阪神淡路大震災やオウム真理教事件で世の中が打ちひしがれている時には、芥川賞にふさわしくない、という理由で落とされたのだった。
入選したのは、保坂和志氏の毒にも薬にもならない平穏な日常を書いた「この人の閾」(新潮三月号)という作品だった。
記者会見で、日野啓三が「こういう物情騒然とした世の中にあっては、何事も起こらない静かな日常がいかにありがたいか、を感じさせてくれる作品である。」と言うたとか。
おのれッ、と思うた。
(259〜260ページ)
そこからが、すごい。
金物屋で、五寸釘を九本買い求める。
夜になった。
私は二階で白紙を鋏で切り抜いて、九枚の人形(ひとがた)を作った。
その人形にそれぞれ、日野啓三、河野多恵子、黒井千次、三浦哲郎、大江健三郎、丸谷才一、大庭みな子、古井由吉、田久保英夫、と九人の選考委員の名前を書いた。
書き了えると、嫁はんが寝静まるのを待った。
私は金槌と五寸釘と人形を持って、深夜の道を歩いていた。旧駒込村の鎮守の森・天祖神社へ丑の刻参りに行くのである。
私は私の執念で九人の選考委員を呪い殺してやるつもりだった。
(略)
あたりは深い闇である。
私は公孫樹の巨木に人形を当てると、その心臓に五寸釘を突き立て、金槌で打ち込んだ。金槌が釘の頭を打つ音が、深夜の森に木霊した。一枚終わると、また次ぎと、
「死ねッ。」
「天誅ッ。」
と心に念じながら、打ち込んで行った。打ち終わると、全身にじっとり冷たい汗をかいていた。
全身に憎悪の血が逆流した。
まあ、太宰治でも、ここまでは、やらなかったですね。
車谷氏の小説では、
おのれッ、と思うた。
ざまァ見やがれ、と思うた。
ド阿呆! と思うた。
と、他人を罵倒する語が頻出するのですが、おれも、なんか不快なことがあると、
おのれッ、と思うた。
とか、唱えていたりします。
車谷氏は、その後『赤目四十八瀧心中未遂』で、めでたく、というか直木賞を受賞します。
それで、気になるのが、呪われた選考委員のその後。
他の選考委員は、まだご存命のようですが、まあ、歳も歳だし、もうそろそろ、かと思います。
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