ボンクラ映画魂

杉作J太郎氏の『ボンクラ映画魂・三角マークの男優たち』(洋泉社)を読みました。

東映のヤクザ映画についての、ガイドブックであり、エッセイ集なのだが、とにかくまあ、よく観ています。
なにせ、800人以上の男優のデータが網羅されているといえば、どれだけすごいかわかるでしょ。

800人の男優について語れる人が、他にいますか?
しかも、東映のヤクザ映画に出てくる男優に限ってですよ。

とりあえず、前田吟という俳優についての記述を読んでみてください。
前田吟について、これだけ語れる人を、他に知りません。
前田吟といえば、『男はつらいよ』のレギュラーです。

しかし、杉作氏は、「とらや」の茶の間に座っている前田吟の目つきに、ぶきみな、「ねばい光」を感じます。

それは東映時代の、前田吟が演じてきた役柄を、知り抜いているが故の洞察力です。

思うに、それは、前田吟の演ずる役柄の振幅が、異常に広すぎるためかもしれん。
仁義なき戦い・広島死闘編』では犬を殺して肉を食卓に並べ、『暴動島根刑務所』では川谷拓三とともに兄弟で服役したと思えば、『ふるさと』では廃校になる学校の朴訥な先生を演じた。
その一方、大映テレビの「赤い」シリーズでは人間性が完全に欠落した浮気も殺しも朝飯前の極悪人を演じきる。
そして『八甲田山』では弟思いで粘り腰の東北人だったりもする。
しかし土曜ワイド劇場では泉じゅん相手に不倫のベッド・テクが唸り、『人形嫌い』では三原順子の一見熟女風だがじつはハイティーンの肉体を毒牙にかける。
そのどれもが、俳優・前田吟ではない劇中人物になりきっているし、かといってリアル感満点かというと、そのどれもが前田吟なのであった。

こういう調子で、800人の男優について語るわけです。
なんでも、喫茶店で編集者相手に、こうした東映映画の思い出を延々と語っていたところ、近くに席を取ったタクシーの運転手が、杉作氏の話にじっと耳を傾けていたとか。

さらに、ぼくが好きなのは、梅宮辰夫についての記述です。
東映時代、梅宮辰夫は『不良番長』シリーズなどで、本当にくだらない役をやってました。
それについて、梅宮辰夫は、著者のインタビューにこう答えたそうです。

「『ひも』『ダニ』『いろ』『かも』『夜遊びの帝王』『女たらしの帝王』
確かに衝撃的なタイトルの映画だが、自分自身、それを恥ずかしいとか思ったことはただの一度もない。
映画館に足を運んでくれるお客さんが喜んでくれるならば、なんだってやる」

杉作J太郎は、梅宮辰夫のその言葉を聞いて、「目頭が熱くなる思いがした」という。