読書

人を殺した人のまごころ

河合幹雄『終身刑の死角』を読む。たとえば「有罪率99%」というデーターをもとに検察批判をする人がいるが、それはまちがいであることが本書を読めばわかる。 逮捕されたらすべて有罪になるなどということはない。その反対に、刑務所には、なかなか入れない…

ドツボからの脱出法

長谷正人『悪循環の現象学――「行為の意図せざる結果」をめぐって』を読む。 「行為の意図せざる結果」とは、「ある目的に向かって努力すればするほどかえって目的から遠ざかってしまうような現象」のことを言う。たとえば、「寝るぞ」と思って床に就いて、寝…

それでも僕は浄水器を売る

水野敬也の『それでも僕は夢を見る』という本を読んだので、感想を書いてみたいと思います。 主人公の「僕」は、「ユメ」に出会って、浄水器とか空気清浄機を売るようになります。しかし思うようには売れず、友達はなくすし、借金は増えるし、きびしい現実に…

世界よ、これがおもてなしだ

NHKの「探検バクモン」で、爆笑問題が新橋花街を訪れていた。「格式高い花街には、現在にもおもてなし文化が脈々と受け継がれています」とのことらしい。そんな格式高いお茶屋や料亭が、よくぞこんなお笑い芸人ふぜいを座敷にあげたものだと感心した。 郷ひ…

幻想の英雄たち

ゴーストライターというので思い出すのは、津田信の『幻想の英雄』という本で、これは小野田寛郎のゴーストライターをしていた著者がその真相を暴露したもので、おれは学生の頃に読んで衝撃を受けた。 ネットで全文公開されている。 『幻想の英雄』の時も、…

テレビ東京を見直す

高橋弘樹『TVディレクターの演出術』(ちくま新書)を読む。 どうせ、ヤラセは悪くないだの、おもしろければなんでもOK、とかいうような、浅はかで露悪的な自慢話を聞かされるのだろうと期待せずに手に取ったら、まったくちがっていた。なにしろ著者はTVディ…

ラサールなんとか

ラ・サールといえば進学校で知られるが、わが国におけるラ・サール会による学校運営の本格的な始まりは、戦後、仙台で設立された孤児院からである。その孤児院で育った井上ひさしは、カナダ人修道士たちの献身的な態度を、次のように記している。 わたしが信…

お前それタモリの前でも同じ事言えんの?

樋口毅宏『タモリ論』のamazonでの評価がボロクソなので、どれほどひどいのかと読んでみたら、なるほどこれはひどい。 「笑っていいとも」のような「身にならない」番組を何十年もやっててキチガイにならないタモリは絶望大王で、たけしの芸はぜんぶパクリで…

踊る阿呆に

佐々木中『踊れわれわれの夜を、そして世界に朝を迎えよ』を読む。 もともとそういう素質があったのか、ますますアジテーターのようになっている。表題のインタビュー記事は、風営法によるクラブ営業の規制に対する反対意見を述べたものだが、その根拠として…

平和主義者の暴力

松元雅和『平和主義とは何か』(中公新書)を読む。平和主義という言葉の響きには、どうも理想論に過ぎないものを感じるのだが、これを読んでもその感じはぬぐいきれなかった。いかなる暴力も認めないというガンジーやキング牧師を「無条件平和主義」だとす…

低俗なものの勝利

大衆文化とは何か。その答えのひとつが、ジェーン&マイケル・スターン『悪趣味百科』(新潮社・伴田良輔監訳)にある。つまり、悪趣味なのだ。「品の良いものよりも、悪趣味なもの」が求められ、世界を席巻している。 アメリカは、悪趣味の宝庫である。本書…

感動してはいけない

ドリアン助川の『あん』を読んだのだが、これは文学というより道徳の教材である。どら焼き店に、元ハンセン病患者の老婆がやってきて、働き始めるという話なのだが、これはハンセン病でなくても成立する話である。 ハンセン病患者への差別というのは、これは…

独立国家にあらず

坂口恭平『独立国家のつくりかた』を読んだが、これはタイトルに偽りありである。水道、電気、ガス、病院、などのインフラをどうするのかと思ったら、公共施設のものを勝手に盗むのだという。独立国家というからには、井上ひさしの『吉里吉里人』による医療…

NHKが右翼だった頃

本多勝一が昔に書いた 『NHK受信料拒否の論理』(未来社・1970年)を読み返してみた。本多が受信料を払わないのは、次のような理由による。 「朝鮮・中国の侵略にはじまる日本軍国主義の膨張と崩壊の過程で、日本の民衆をだまして侵略の先兵にかりたててゆく…

ゴドーを待ちながら

不条理劇の傑作であるサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』は二幕の芝居である。一本の木がある田舎道で、二人の男がゴドーを待っている。やがてポッツォとラッキーという二人連れの男が現れる。ポッツォはラッキーを奴隷のように扱っている。彼ら…

吉本隆明という共同幻想

客「呉智英の『吉本隆明という「共同幻想」』をどう思うね」 主「思ったよりよかった。呉智英はネタの使い回しが多いから、しばらく読んでなかったんだ。吉本隆明批判も、それまでの随筆で何度かやってるけど、どうもピントがずれているような気がした。しか…

カルトもいろいろ、人生もいろいろ

佐藤典雅『ドアの向こうのカルト-9歳から35歳まで過ごしたエホバの証人の記録』を読む。著者は、東京ガールズコレクションを手がけたプロデューサーで、副題の通りの内容である。エホバの証人というのは、輸血拒否事件で有名になったが、この世はサタンに支…

子供の将来は、親の学歴と年収で決まる

「一万時間の法則」というのをネットで知ったので、その種本というマルコム・グラッドウェル『天才!成功する人々の法則』を読んでみた。あの勝間和代が訳して推薦もしている。 専門的な技能を身につけるためには一万時間が必要らしい。モーツァルトもビート…

いじめを見たらすぐ通報

内藤朝雄『いじめ加害者を厳罰にせよ』を読む。著者の提言には、ほとんど賛成である。 いじめられたら、警察に通報せよ。いじめるやつらは赤の他人、敵である。遠慮する必要などない。法によって徹底的に処罰されるべきだ。そのためには警察が動きやすいよう…

二匹のタヌキ

ノゾエ征爾『○○トアル風景』を読んだが、あとがきがおもしろかった。 ENBUゼミナールで松尾スズキに教わっていたとか、「松尾スズキさんのことは勝手に師匠と思わせていただいてます」とか、ケラの作品に出演したとか、「この流れで、その後の僕の活動を支え…

十五の夜這い

Aliの『十五』というケータイ小説を読む。これは、映画『家族ゲーム』に端役で出ていた前川麻子が別名義で書いたもので、15才の時に出会ったある有名男優との関係をつづっている。窓の鍵をあけて待っていると、その男優は夜中に忍んできたという。まるで夜…

小山田圭吾のいじめを次世代に語り継ぐ

毎年この時期になると、戦争体験や被爆体験を語り継ぐイベントが各所で催されている。戦争の悲惨さ、残酷さを忘れず、これを歴史の教訓として次世代に引き継ぎ、戦争のない平和な社会を目指そうという試みである。 どれほど悲惨な体験であっても、時の流れの…

たいした罪にならない

藤井誠二『 「悪いこと」したら、どうなるの? 』(イースト・プレス)を読む。 第四章「『少年法』が改正されたのはなぜ?」から適宜引用する。 1996年、当時16歳の高校生・武孝和君が教室で文化祭の後片付けをしていた。そこへ、他校の生徒六人がやってき…

巨匠の回顧録

橋本忍『複眼の映像-私と黒澤明』(文春文庫)を読む。芝居がかった大仰な文体に辟易する。 「黒澤明という男-それは閃きを掴む男である」だとか、シナリオに行き詰って旅に出て瀬戸内海を見つめていると、「その私の全身を、一瞬だが小倉百人一首の一首が戦…

元ジャーナリスト

上杉隆の手元には、政治記者たちが政権幹部などをオフレコで取材した40万枚にも及ぶメモがあるという。「上杉リークス」と称しているのだとか。 実はこの膨大な量に上る各社の(1社ではない)メモが、極めて希少なソースを通じて、私の手元に10年以上ほぼ毎…

どこに批評の根拠をおくか

「文芸春秋」で田中慎弥と西村賢太の対談を読む。以前からお二人のファンであったのだが、ここまで評価を受けるともう興味を失ってしまう。ファン心理というのは残酷なものだ。 芥川賞では、西村賢太と朝吹真理子、田中慎弥と円城塔、というまったくタイプの…

大都会は阿修羅のごとく

向田邦子の『阿修羅のごとく』(1979年)の冒頭は、心理描写の手本としてよく言及される。滝子が姉と電話で会話をしながら、曇ったガラス窓に「父」と書く。セリフで説明するのではなく、アクションで見せる。みごとな描写である。 ●図書館(朝) 冬の朝。 …

差分はスゴ本

佐藤雅彦『差分』を読む。これはなんとも、奇妙な本である。ページには二枚の簡単なイラストが並んでいるだけなのだが、その静止画のイラストが、動いて見えるのである。アニメーションが見せる動きとも、ちがう。脳の中にまったく別の映像が浮かんでくる感…

ジャズもロックもクラシックである

森本恭生『西洋音楽論』を読む。音楽についての通説を根底から覆す本である。 フランス革命以前のヨーロッパ音楽は、ほんの一握りの貴族階級のためのものだった。そこでは、演奏方法などについて、楽譜には書かれない夥しい数の暗黙の了解事項(しきたり)が…

久世塾(笑)

図書館で『久世塾』なる本を見つける。久世光彦が2000年にやっていたシナリオライター養成講座の講義録である。とはいえ久世の講義らしきものはなく、ゲスト講師の談話をまとめたものである。どれも雑誌のインタビュー記事程度の内容である。 授業料は約24万…